
南アルプス市旧農業試験場廃墟
山梨県南アルプス市は、釜無川と御勅使川の扇状地に広がる果樹と稲作の土地で、戦後復興期から昭和後期にかけて多くの農業試験施設や農協関連の試験圃場が設けられてきた地域である。昭和期に役割を終えた農業試験場の建屋は、改組や統廃合のなかで取り壊されぬまま長く残されたものもあり、研究棟や温室の骨組み、コンクリートの試験区画が静かに朽ちて、地域の農業史の一断面を地形に刻みつけている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、深夜に廃棟の方角から、ガラス器具の触れ合うような小さく乾いた音や、低い声で話し合う気配が断続的に届いてくる、というものである。研究室跡らしき部屋の窓に一瞬だけ淡い光が滲んだ、敷地の脇で誰かと擦れ違ったように感じて振り返ると誰もいなかった、と記す訪問者もいる。事故死の実名・日付と結びつく確かな記録は確認できず、研究の記憶が場所に染みついた語りとして受け継がれてきた。 地元では、農業を支えてきた研究者と職員への敬意が穏やかに保たれており、果樹栽培や品種改良の系譜を語るときに試験場の名が今も思い出される。怪異の話は煽情の題材ではなく、地域農業の発展に尽くした人々の存在を子や孫に伝える寓話として静かに語られてきた側面を持つ。 廃棟内部は床の腐朽、薬品残渣、ガラス片など実害の危険が高く、敷地は私有地・公共管理地である場合が多い。無断侵入や夜間探訪は法的にも安全的にも避けるべきで、訪れる場合は外周道路から静かに観察し、土地と農業に尽くしてきた人々への敬意を欠かさないこと。