
高松の池(高松公園)
盛岡市高松にある高松の池は、江戸時代前期の寛文年間(1661~1672年)に築かれた上田堤を前身とする池で、南部藩主の鷹狩りの場として利用されてきた歴史を持つ。明治後期には日露戦争の戦勝記念として桜が植えられ、現在は桜の名所として知られる公園となっている。一方でこの池は複数の心霊スポット紹介サイトで、心霊の言い伝えがある場所として繰り返し取り上げられている。池の西側にある山では、首をつって命を絶った人物の霊が目撃されるという噂があり、東側の山中、南部家の墓所につながる一帯では、落ち武者や男の子とされる霊が現れるとの話が伝えられている。また園内の古いトイレ付近で異様な気配を感じた、頭部だけが浮いているような姿を見たといった体験談を紹介するサイトもある。中でも南部藩の処刑場が池のあたりにあったという説を紹介するサイトもあり、歴史的な負のイメージが噂の背景として結び付けられている。カップルでボートに乗ると別れるという評判を伝えるサイトもあり、単なる観光名所とは異なる側面を持つ場所として語られ続けている。

