
旧中国四国地方軍大型壕跡
広島県呉市に残る軍用地下壕は、太平洋戦争末期の1943年から1945年4月にかけて山腹に掘削された防空指揮施設である。鉄筋コンクリート半地下構造で、天井と外壁の厚さが1.5m程度に及ぶ設計となっており、大型爆弾への耐性を備えている。地下通路は南北24m、東西22m、最大高さ8.8m程度のスケールを有し、通信室や指揮室を備えていた。 呉は海軍の重要基地であり、1945年3月から7月にかけて連合国軍による激しい空襲を受けた。3月の攻撃および7月の焼夷弾爆撃では艦艇の沈没・大破が相次ぎ、7月の空襲により市街地の大規模な焼失が生じた。 戦後、この壕跡は部分的に一般公開されるなど、戦争の歴史を記録する遺構として機能してきた。


