
黒瀬病院廃墟(正仁クリニック跡)
広島県東広島市黒瀬地区にある正仁クリニック跡は、地域医療を担っていた診療施設が閉院したのち、長らく手付かずのまま残された廃墟である。瀬戸内の温暖な丘陵に位置し、かつては周辺の集落の患者を受け入れていたが、後継不在と利用減少により役目を終えた経緯がある。地域の医療史の一断面を伝える建物として、土地の記憶のなかに静かに残り続けている施設である。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、無人のはずの廊下から、革靴とは異なる柔らかな足音がゆっくり遠ざかっていくのが聞こえる、というものである。割れた窓越しに白衣のような輪郭が一瞬だけ映って消えた、屋上の縁に小さく手を上げる人影が見えた気がして振り返った、と語る訪問者もいる。具体的な事件と直結する伝承ではなく、医療を担った建物の閉院後の沈黙が、人の気配の幻として立ち現れていると受け止められている。 地元では、地域医療を支えた施設として静かに記憶されており、廃墟を面白がる風潮には距離を置く高齢者も少なくない。医療従事者と患者双方の歳月への敬意を欠いた肝試しは、土地の人情と病院の歴史を逆撫でしかねない側面を持っている。 廃病院は床抜け、薬品残置、医療廃棄物、ガラス片など固有の危険が多く、無断立ち入りは不法侵入に該当する。心霊目的の侵入は厳に控え、医療施設として地域に貢献した歳月への敬意を保ち、外観の撮影も近隣の生活圏や患者遺族への配慮を忘れないことが、訪れる側に強く求められる。
