
大久野島
広島県竹原市忠海沖の瀬戸内海に浮かぶ大久野島は、周囲わずか四キロほどの小さな島で、太平洋戦争期に旧陸軍の毒ガス製造施設が置かれた歴史を持つ土地である。当時、地図からも消されたとされる秘匿の島であり、製造作業に従事した動員工員や軍属、学徒の方々の多くが、過酷な労働環境と有毒物質への曝露とにより健康を著しく損ない、戦中・戦後にわたって命を落とされたと伝えられてきた。現在はウサギの島として知られ、毒ガス資料館が記憶の継承を担っている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、廃墟と化した砲台跡や発電所跡を歩くと、人の話し声のような低い響きが奥から漏れてくる、というものである。コンクリートの隔室の闇に白い輪郭がよぎったという者、夜の海岸線で誰かに見られている強い気配を感じて立ち去ったと語る訪問者もいる。戦時下の島の記憶が、廃構造物という景観とともに、静かに、しかし重く伝えられている。 地元と関係者の方々の長年にわたる努力により、大久野島は戦争被害の証言と平和教育の場として位置づけられてきた土地である。犠牲となられた方々への深い哀悼と歴史への真摯な向き合いが、島を訪れる者すべてに共有されるべき大前提である。 島は国民休暇村として整備されているが、廃墟構造物には崩落・転落・残留物などの危険がある。指定経路を外れず、毒ガス資料館を必ず訪れ、犠牲者への鎮魂と歴史の継承という姿勢を最優先に、節度ある形で訪問することが何より求められる場所である。


