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糸魚川市の心霊スポット

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糸魚川市の人気スポット TOP3

1

親不知

新潟県糸魚川市の西部、北アルプスの北端が日本海へと突き出す海岸線一帯を、親不知(おやしらず)と呼ぶ。市振から青海まで約15キロメートルの間、海岸線にほぼ垂直に切り立った高さ300〜400メートルの断崖が連続する地形で、古代から北陸道屈指の難所として知られてきた。 地名の由来は、波打ち際の狭い砂浜を駆け抜けて通過する際、波にさらわれた親子の悲話に基づく。波の引いた瞬間を狙って親が先に走り、子も別の波の隙を狙って走るしかなかったため、互いの安否を気遣う暇がなかった、というのが地元の言い伝えとして伝わっている。 明治16年(1883年)、新潟県の道路改良事業で本格的な車道が開削された。それ以前の北陸街道は文字通り波打ち際の砂浜を通る命がけの道だった。明治期以降、トンネルと国道の整備が進み、現在は国道8号、北陸自動車道、JR北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)が並走している。 親不知海岸の眺望と地学的価値は高く、フォッサマグナと糸魚川静岡構造線の研究対象地のひとつとして地質学者に注目されてきた。糸魚川ユネスコ世界ジオパークの構成サイトに含まれており、ジオパーク観光のメインスポットになっている。

山道・峠
2

旧三国トンネル

新潟県糸魚川市の山間部にある旧三国トンネルは、1960年代に建設された隧道で、1990年代に廃止された。現在は廃隧道として残されている。 この場所について、後部座席に誰かが座っているような感覚を受けたという体験が報告されており、振り返ると誰もいなかったという報告がある。訪問経験者からは「二度と行かない」といった反応も聞かれており、地元では怖い場所として認識されている。 トンネルと取付道路は立入が制限されており、廃道は落石・崩落などの危険を伴う。

隧道・トンネル
3

姫川病院

新潟県糸魚川市大野、大糸線姫川駅前の国道148号線沿いに、1987年に開業した旧姫川病院の建物が残る。医療過疎地域の解消を目的に地元の有志が医療生活協同組合を設立し、住民が組合債を購入する形で誕生した病院で、ピーク時には常勤医15人体制、一日約200人の外来患者を受け入れる中核医療機関だった。しかし診療報酬の切り下げに加え、2004年の臨床研修制度導入で研修医が都市部の病院に流出したことが打撃となり経営が悪化し、2007年6月、累積赤字と合わせて22億円超の負債を抱えて閉院した。閉院後は管理者不在のまま放置され、窓ガラスの多くが破損し医療機器も残置されたままとなり、2021年6月には不審火による火災も発生している。廃墟としての規模の大きさから訪問者が相次ぎ、手術室での叫び声や呻き声、霊安室での人影、廊下の足音やドアノブが動く音、ナースコールが作動する現象などが複数の記録サイトで報告されている。

廃墟・残骸

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糸魚川市のすべてのスポット

親不知
山道・峠·新潟県 糸魚川市

親不知

新潟県糸魚川市の西部、北アルプスの北端が日本海へと突き出す海岸線一帯を、親不知(おやしらず)と呼ぶ。市振から青海まで約15キロメートルの間、海岸線にほぼ垂直に切り立った高さ300〜400メートルの断崖が連続する地形で、古代から北陸道屈指の難所として知られてきた。 地名の由来は、波打ち際の狭い砂浜を駆け抜けて通過する際、波にさらわれた親子の悲話に基づく。波の引いた瞬間を狙って親が先に走り、子も別の波の隙を狙って走るしかなかったため、互いの安否を気遣う暇がなかった、というのが地元の言い伝えとして伝わっている。 明治16年(1883年)、新潟県の道路改良事業で本格的な車道が開削された。それ以前の北陸街道は文字通り波打ち際の砂浜を通る命がけの道だった。明治期以降、トンネルと国道の整備が進み、現在は国道8号、北陸自動車道、JR北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)が並走している。 親不知海岸の眺望と地学的価値は高く、フォッサマグナと糸魚川静岡構造線の研究対象地のひとつとして地質学者に注目されてきた。糸魚川ユネスコ世界ジオパークの構成サイトに含まれており、ジオパーク観光のメインスポットになっている。

旧三国トンネル
隧道・トンネル·新潟県 糸魚川市

旧三国トンネル

新潟県糸魚川市の山間部にある旧三国トンネルは、1960年代に建設された隧道で、1990年代に廃止された。現在は廃隧道として残されている。 この場所について、後部座席に誰かが座っているような感覚を受けたという体験が報告されており、振り返ると誰もいなかったという報告がある。訪問経験者からは「二度と行かない」といった反応も聞かれており、地元では怖い場所として認識されている。 トンネルと取付道路は立入が制限されており、廃道は落石・崩落などの危険を伴う。

姫川病院
廃墟・残骸·新潟県 糸魚川市

姫川病院

新潟県糸魚川市大野、大糸線姫川駅前の国道148号線沿いに、1987年に開業した旧姫川病院の建物が残る。医療過疎地域の解消を目的に地元の有志が医療生活協同組合を設立し、住民が組合債を購入する形で誕生した病院で、ピーク時には常勤医15人体制、一日約200人の外来患者を受け入れる中核医療機関だった。しかし診療報酬の切り下げに加え、2004年の臨床研修制度導入で研修医が都市部の病院に流出したことが打撃となり経営が悪化し、2007年6月、累積赤字と合わせて22億円超の負債を抱えて閉院した。閉院後は管理者不在のまま放置され、窓ガラスの多くが破損し医療機器も残置されたままとなり、2021年6月には不審火による火災も発生している。廃墟としての規模の大きさから訪問者が相次ぎ、手術室での叫び声や呻き声、霊安室での人影、廊下の足音やドアノブが動く音、ナースコールが作動する現象などが複数の記録サイトで報告されている。