
旧小河内トンネル
東京都奥多摩町の山中、奥多摩湖畔の旧道沿いにひっそりと残る旧小河内トンネルは、ダム建設に伴う付け替え道路の一部として用いられたのち、現在は新道に役目を譲った隧道である。奥多摩湖(小河内ダム)の建設では水没した集落の住民が移転を余儀なくされ、また長く厳しい工事の中で殉職された作業員も伝えられており、湖と隧道は東京都民の水と引き換えに地域が背負った犠牲と労苦の記憶を、いまも静かに抱え続けている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、雨上がりの夕刻に坑口へ近づくと、内部の暗がりから水に濡れた足音のような響きが規則的に、断続的に届いてくる、というものである。振り返っても誰の姿もないのに、石畳を叩く足音だけがしばらく続いた、坑内の中ほどで湿った布をすり合わせるような微かな音と冷えた風を続けて感じた、坑口の傍で工事関係者の作業音に似た低い金属音を一瞬聞いた、湖面の方角から舟をこぐような規則的な水音を続けて聞いた、と語る訪問者もいる。 地元では、湖底に沈んだ集落の人々と、ダム建設で殉職された方々への弔いが世代を超えて受け継がれており、湖畔の慰霊碑前では今も静かな祈りが続けられている。現象の話は娯楽ではなく、犠牲の上に成り立つ都市の暮らしを思い起こす語りとして共有されている。 旧道は落石や路面崩落の危険があり、夜間の単独訪問は事故の確率が高い。心霊目的の立入は控え、湖底の集落と殉職者への慰霊と敬意を欠かさないこと。