
清瀬市旧結核療養所跡地
東京都清瀬市は昭和6年(1931年)の東京府立清瀬病院開設を皮切りに、結核療養施設の集中地として発展した。その後、周辺に相次いで療養所が建設され、昭和19年までに14の施設が立ち並び、当時の日本では稀な医療複合地となった。最盛期には市内の病院に5000人近い患者が入院していたとされる。施設は武蔵野の林と平坦な台地の自然環境と、上水道の整備された交通利便地という立地条件を活かし、空気療法と栄養管理、安静を治療の柱としていた。 戦後、化学療法の進展により結核患者数は急速に減少したが、清瀬の医療機関は慢性期対応へと転換し、現在も複数の施設が稼働している。令和5年時点で、都内269床の結核病床のうち208床(75%以上)が清瀬市に集中しており、療養地としての機能は医療現場に引き継がれている。かつての病院跡地の多くは公園や新たな医療施設として整備され、なかでも旧清瀬病院の跡地は平成28年に市指定史跡となり、現在は中央公園内で「ここに清瀬病院ありき」の碑と、市指定有形文化財である外気舎記念館により、当時の医療史が静かに記念されている。