東京都の宿泊・居住跡
ホテル・旅館・住居跡などの心霊スポット。
11 スポット
多摩市多摩ニュータウン廃棟
昭和40年代に建設された多摩ニュータウンの一角に残る廃棟。少子高齢化と人口減少により入居者がなくなり廃棟となった集合住宅で、孤独死した高齢者の霊が今も住み続けているとされる。各フロアの廊下では点灯するはずのない照明が時折灯り、長年一人で住んでいた老人の霊が窓の外を眺める姿が目撃されている。
本郷・旧加賀藩上屋敷跡(東京大学赤門)
文京区の東京大学本郷キャンパスの旧加賀藩上屋敷跡。広大な藩邸では藩主や多くの家臣が暮らし、政変の中で命を落とした者も多い。夜間のキャンパス内では江戸時代の武士の霊が徘徊するとされ、赤門付近で侍の人影を目撃した、弓矢が飛ぶような音がしたといった体験談が学生・職員から語られている。
新宿西口廃ビル(思い出横丁周辺)
新宿区西口の思い出横丁(西口ガード下)周辺に存在した廃ビル跡地。戦後のヤミ市から発展した飲み屋街で、過去に火災や殺人事件が発生した場所に接する。廃ビル跡では夜間に戦後の混乱期を生きた人々の霊が現れる、深夜に争う声や叫び声が聞こえるといった怪異体験が語られており、新宿の戦後史と心霊現象が絡み合う場所として知られる。
昭島市旧米軍ハウス廃墟
戦後に米軍将校の家族が居住したハウス群の廃墟。昭和30年代に建設されたアメリカ式住宅が老朽化により廃屋となった場所で、中には帰国せずに日本で亡くなった米兵の霊が住みついているという。廃屋の中では英語の歌声が聞こえ、かつての住居にはブランコが揺れ続けていた子供の霊の目撃談も残っている。
東久留米市旧農家の藁塚幽霊
武蔵野の面影を残す東久留米市の農村地帯に伝わる怪談。かつての農地に残る古い農家の廃屋周辺では、夕暮れ時になると田畑の中に人が立つ姿が見える現象が報告されている。近づいてみると何もないが、離れると再び人影が現れる。農作業中に事故死した農家の霊が土地を離れられずにいるとされ、廃屋に入ると突然激しい頭痛が起きるという体験談もある。
東村山市廃団地の孤独死部屋
高度経済成長期に建設された大型団地の一棟が老朽化により廃棟となった場所。長年にわたって孤独死が多発した団地として知られており、廃棟となった後も元住民の霊が各部屋に留まっているとされる。夜間には窓から灯りが漏れ、廊下に複数の人影が見え、エレベーターが誰も乗っていないのに動き続けるという現象が目撃されている。
旧武蔵野廃防空壕跡
東京都武蔵野市の住宅地の地下に残る旧廃防空壕は、太平洋戦争中に市民が空襲から逃れるために掘られた避難施設の遺構だ。東京大空襲の際にこの壕に逃げ込んだ人々が酸欠や焼夷弾の熱気によって命を落としたという悲劇が記録されており、その霊が今も地下に閉じ込められたままだとも言われる。廃防空壕の入口は現在は封鎖されているが、その近くに立つと地面の下から呻き声が聞こえることがあると主張する人が複数いる。
清瀬市旧結核療養所跡地
戦前から戦後にかけて多くの結核患者が療養した施設の跡地。当時は治療法も限られており、若くして命を落とした患者が多数いた。現在は公園や住宅地に転用されているが、一部残る古い建物の周辺では白いマスクをした人影が彷徨い、咳き込む声が聞こえると証言する人が後を絶たない。夜間には療養所があった一帯全体が霧に包まれる現象も報告されている。
稲城市旧採掘跡地の怪火
稲城市の丘陵地帯にある旧採石場跡地。明治から昭和にかけて石材を採掘した場所で、落盤や転落事故で命を落とした作業員の霊が宿っているとされる。夜になると採掘跡の崖面に青白い炎が浮かんで消える現象が目撃されており、地元では「きつね火」として昔から恐れられてきた。採掘跡に近づくと体の一部が突然冷たくなる感覚を覚える人が多いと言われる。
廃村峰谷
東京都奥多摩町の山奥に存在する峰谷は、かつて多くの住民が暮らしていた集落が過疎化と山村離れによって廃村化し、今は朽ちた民家の廃墟と荒れ果てた田畑だけが残る心霊スポットとして知られている場所である。廃村に踏み込んだ者は、昼間でも誰かに見られているような強烈な視線を感じたり、かつての住人の話し声が聞こえるような錯覚に陥ったりするという体験談を口にする。
旧帝銀事件椎名町支店跡地
東京都豊島区椎名町にかつて存在した帝国銀行椎名町支店の跡地は、1948年に発生した「帝銀事件」と呼ばれる大量毒殺事件の現場であり、その凄惨な歴史が今も土地に刻まれているとして地域の心霊スポットとして語り継がれてきた場所である。事件では銀行行員と家族を含む16名が毒殺されるという当時日本を震撼させた大惨事が起きており、その場所に残された無念の霊たちが今も跡地に縛りついているという噂が後を絶たない。