
平塚市旧陸軍火薬廠跡地
神奈川県中南部・平塚市の市街地のなかには、太平洋戦争中に旧日本陸軍の火薬製造施設が広く展開していた跡地が残り、現在は住宅地・公園・工業用地に転用されて街の風景に溶け込んでいる。昭和 20 年の平塚空襲では市域が壊滅的な被害を受け、火薬廠でも多くの民間工員が命を落とした歴史を持つ。空襲の周年にあたる夜には、土地に「列をなして歩く人々」が現れると語られる心霊スポットでもある。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、深夜に旧火薬廠跡地の周辺を歩いていると、工員服に似た輪郭の人影が一列に並んで歩く様子を一瞬だけ目撃した、というものである。遠くから爆発音に似た低い響きが地鳴りのように届いた、空気の重さが突然変わって涙が止まらなくなった、と語る訪問者がいる。空襲の記憶を継ぐ世代の住民にとって、現象は単なる怪異ではなく地域史の節目を思い出させる契機として受け止められている。 地元では、空襲犠牲者を悼む祈りが世代を超えて続けられ、跡地の一角には慰霊の場が置かれている。心霊現象として個別化するよりも、平和への祈りと結びつけて穏やかに語ることが、土地に対する作法として共有されてきた。 跡地は現在の住宅地・公園・工業用地として現役で利用されており、夜間の徒歩散策や撮影は近隣住民の生活を乱しかねない。心霊目的の訪問は厳に控え、関心がある場合は平塚市博物館などで戦時史を学び、慰霊の場には日中に敬意を持って訪れること。