原城跡
原城は1496年に有馬貴純によって築かれた日野江城の支城で、後に有馬晴信により本格的な城郭として整備された。1637年、廃城となっていたこの地に天草四郎を総大将とする一揆軍、およそ3万7千人が立て籠もり、江戸幕府軍との籠城戦の舞台となった。翌1638年2月の総攻撃で一揆軍は全滅し、幕府側の記録では老人や女性、子どもを含めほぼ全員が殺害されたと伝えられている。現在も発掘調査で人骨が出土することがあり、当時の激しい戦いを物語る。こうした史実を背景に、原城跡は複数の紹介記事で武者の姿が写真に写り込む、血の匂いやうめき声が聞こえる、突然体調が悪くなるといった現象が報告される場所として取り上げられている。城内の石を持ち帰ると発熱するという言い伝えも複数のサイトで紹介されている。2018年には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産に登録され、歴史的価値と怪談的な語りが併存する史跡となっている。