
人穴浅間神社
富士山の溶岩流が造った横穴。洞内の祠を中心に、江戸の富士講信仰が積層した「信仰の地層」である。 鎌倉期には既に「浅間大菩薩の御在所」として記録され、1582年に富士講開祖・長谷川角行が苦行の地と定めてから、聖地化が急速に進む。信者たちが建立した碑塔は230基を超え、関東一円の講中による奉納は18世紀から19世紀中葉にかけて激増した。各碑には地名と建立年が刻まれており、当時の信仰ネットワークの広さを今に伝える。 1885年、幕末から明治初期の廃仏毀釈を経て、総欅造りの社殿が建立される。だが太平洋戦争中の1942年、陸軍演習地指定により社殿と碑塔群は強制移転。戦後1954年に復興されたが、現在の社殿は2001年の新築である。 洞窟は長さ83メートルの地下空間で、形成は約7000年前の富士の噴火に遡る。訪問時は予約制で、ガイド同伴での探索が可能。ネット上では「鳥居をくぐると帰路に事故が起きる」という都市伝説や、洞窟内での異常現象の報告が散見されるが、根拠は定かでない。2023年には240年ぶりに鳥居が再建され、信仰と歴史修復の象徴となっている。 富士山の世界遺産構成資産に指定され、民間信仰の長期継続性を物証する極めて稀な遺跡である。