
修善寺温泉(指月殿裏)
修善寺温泉の高台に佇む指月殿は、鎌倉時代初期の建築として伊豆最古の木造建造物とされる。その背景にあるのは、第二代鎌倉将軍・源頼家の悲劇的な人生と、母・北条政子による慈愛の表現である。 頼家は父・源頼朝の跡を継ぎ将軍職に就いたものの、北条氏の権力掌握により権力基盤を失った。1203年、政治闘争の中で修禅寺に幽閉され、翌1204年に湯舎で北条氏の手によって暗殺されたとされる。わずか23歳の非業の死であった。北条政子はこの息子の菩提を弔うため、指月殿を建立し、宋版一切経を納めたとされる。堂内には禅宗式の丈六釈迦如来坐像が祀られ、その木像は鎌倉初期の彫刻として静岡県指定文化財となっている。 温泉街から離れた高台の指月殿裏一帯は、権力闘争に呑まれた若き将軍と、その喪に伏した母の祈りという、歴史に刻まれた執念の空間として認識されてきた。修善寺温泉全体が平安期の807年に弘法大師により開かれた由緒正しき湯治場である背景の中で、この指月殿裏は中世の武家社会の悲劇が凝縮された場所として、後世に語られ続けてきたのである。

