
御殿場市旧富士演習場の戦死霊
富士山東麓に広がる御殿場市の裾野は、1896年から帝国陸軍による演習が始まり、1912年に「富士裾野演習場」として正式に開設された。火山灰土で農業に不適な原野は、むしろ広大で険しい地形が訓練に適し、滝ヶ原、板妻に廠舎が置かれ、多くの兵士が厳しい気象条件下で日々の訓練を重ねた。戦前戦中を通じ、この地で訓練に従事した兵士の一部は戦地に赴き、そうした歴史を背景に、地域には慰霊碑や供養塔が点在する。戦後、自衛隊の東富士演習場として現在も利用される一方で、地域住民による慰霊祭は現在も行われており、訓練という苛酷さと平和への祈りが交錯する土地として記憶されている。ネット上では、この地での心霊現象として足音や号令のような音が報告される傾向にあるが、それらは訓練地としての歴史と、そこに投影される記憶の作用を反映したものと考えられる。
