
さぬき市の廃塩田跡
香川県さぬき市の沿岸部には、かつて瀬戸内海の潮を引き込み塩を生んだ入浜式塩田の跡地が点在する。近世以来、讃岐は赤穂と並ぶ製塩の地として知られ、夏の日射しの下で釜屋の煙が絶えず立ち上がり、地引きや汐汲みに従事した人々が朝から晩まで重い藁筵と桶を運んだと地誌に記されている。流下式枝条架への転換と昭和の塩業整備事業により多くの塩田が役目を終え、堤や水路、釜屋の礎石だけが残された一帯は、製塩に従事した人々の労苦を今に偲ばせる土地として地元で大切に語り継がれてきた。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夕暮れの干潟跡に立つと、薄明かりの中で藁筵を担ぐ人影が黙々と往復しているのを目撃する、というものである。誰もいない水路の方向から木桶を擦るような乾いた音が短く届いた、海風に混じり浜唄のような低い節がほんの一節だけ聞こえた、と語る訪問者がいる。 地元では、塩田で生計を立ててきた先人への感謝が今も語られており、煙突や石組が文化財として保存され、塩づくりを体験できる学習施設が開かれている地区もある。怪異の話は恐怖の対象というより、消えた生業を悼む土地の記憶として穏やかに受け止められている。 塩田跡は満潮時に冠水し、堤や水路の縁は苔と泥で足場が極めて悪く、夜間は遠浅の溝に踏み込み負傷する事例も報告されている。心霊目的の深夜立入は厳に控え、訪れる場合は資料館や保存地区を昼間に巡り、製塩に生きた人々への敬意を欠かさないこと。