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富津市の心霊スポット

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富津市の人気スポット TOP3

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観音隧道

千葉県富津市小久保にある観音隧道(観音トンネル)は、昭和33年(1958年)12月ごろに竣工した全長68メートルほどの旧道トンネルである。東京湾を望む高台に建てられた東京湾観音像への参道の一部として掘られたとされ、観音像自体は戦没者慰霊と世界平和への祈念を目的として、材木問屋を営んでいた実業家・宇佐美政衛の発願により建立されたものである。隧道は幅が狭く見通しも悪かったことから交通事故が繰り返し発生し、後年に迂回する新道が整備されると通行は途絶え、両側の坑口は封鎖された。使われなくなったこの隧道については、内部でクラクションを三度鳴らすと人影が現れる、白い服を着た女性の姿が目撃される、車体や窓ガラスに手の跡が浮かぶ、足をつかまれるといった話が各種の記録で伝えられている。事故で亡くなった通行者との関連が語られることもあるが、具体的な被害者名や年代を裏付ける記録は確認できていない。現在も内部への立ち入りができないよう閉鎖措置が取られている。

隧道・トンネル
2

切られ踏切

江戸時代、現在の富津市周辺は飯野藩によって治められており、この一帯には藩の処刑場があったと伝えられている。地元では長らくこの場所を「切られ場」と呼んでいたとされ、1915年頃に内房線の鉄道が開通し踏切が設けられた際、その名がそのまま踏切名として採用されたという説が広まっている。ただし、処刑場の存在を裏付ける正式な記録や文書は見つかっておらず、田畑が踏切によって分断されたことに由来するという説や、木更津を舞台にした歌舞伎の演目との関連を指摘する見方もあり、名前の由来は一つに定まっていない。この踏切については、処刑された者の霊が今も現れるという噂や、列車への飛び込みによる事故が起きているとの情報が伝わっている。かつては踏切の両側に木々が茂り、日中でも薄暗い雰囲気であったが、2013年頃に周辺へ太陽光発電施設が設置されたことで見通しが良くなり、以前より開放的な景観に変わっている。

路上・交差点
3

鋸山

鋸山は千葉県富津市と安房郡鋸南町の境にまたがる標高329.5メートルの山で、凝灰質砂岩が露出した稜線が鋸の歯のように見えることが名の由来とされる。江戸期から「房州石」の採石が盛んに行われ、加工しやすく火に強いこの石材は横浜港や台場、海堡の礎石など近代化の基礎に用いられたが、コンクリートの普及によって1985年(昭和60年)に採石業は終わりを迎えた。機械化以前は200キロを超える石材を女性が急峻な山道で何度も担ぎ運んだと記録され、過酷な労働の痕跡が石切場跡の断崖に残る。一方、山中には神亀2年(725年)に行基が開いたと伝わる日本寺があり、石切場跡を取り込んだ絶壁の展望台「地獄のぞき」や百尺観音、千五百羅漢像といった信仰の造形が広がる。採石産業と参詣の歴史が同居するこの地について、ネット上では石切場跡や崖にまつわる怪異を語る声も見られるが、具体的な出来事として確認できる記録は乏しい。

山道・峠

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隧道・トンネル·千葉県 富津市

観音隧道

千葉県富津市小久保にある観音隧道(観音トンネル)は、昭和33年(1958年)12月ごろに竣工した全長68メートルほどの旧道トンネルである。東京湾を望む高台に建てられた東京湾観音像への参道の一部として掘られたとされ、観音像自体は戦没者慰霊と世界平和への祈念を目的として、材木問屋を営んでいた実業家・宇佐美政衛の発願により建立されたものである。隧道は幅が狭く見通しも悪かったことから交通事故が繰り返し発生し、後年に迂回する新道が整備されると通行は途絶え、両側の坑口は封鎖された。使われなくなったこの隧道については、内部でクラクションを三度鳴らすと人影が現れる、白い服を着た女性の姿が目撃される、車体や窓ガラスに手の跡が浮かぶ、足をつかまれるといった話が各種の記録で伝えられている。事故で亡くなった通行者との関連が語られることもあるが、具体的な被害者名や年代を裏付ける記録は確認できていない。現在も内部への立ち入りができないよう閉鎖措置が取られている。

路上・交差点·千葉県 富津市

切られ踏切

江戸時代、現在の富津市周辺は飯野藩によって治められており、この一帯には藩の処刑場があったと伝えられている。地元では長らくこの場所を「切られ場」と呼んでいたとされ、1915年頃に内房線の鉄道が開通し踏切が設けられた際、その名がそのまま踏切名として採用されたという説が広まっている。ただし、処刑場の存在を裏付ける正式な記録や文書は見つかっておらず、田畑が踏切によって分断されたことに由来するという説や、木更津を舞台にした歌舞伎の演目との関連を指摘する見方もあり、名前の由来は一つに定まっていない。この踏切については、処刑された者の霊が今も現れるという噂や、列車への飛び込みによる事故が起きているとの情報が伝わっている。かつては踏切の両側に木々が茂り、日中でも薄暗い雰囲気であったが、2013年頃に周辺へ太陽光発電施設が設置されたことで見通しが良くなり、以前より開放的な景観に変わっている。

鋸山
山道・峠·千葉県 富津市

鋸山

鋸山は千葉県富津市と安房郡鋸南町の境にまたがる標高329.5メートルの山で、凝灰質砂岩が露出した稜線が鋸の歯のように見えることが名の由来とされる。江戸期から「房州石」の採石が盛んに行われ、加工しやすく火に強いこの石材は横浜港や台場、海堡の礎石など近代化の基礎に用いられたが、コンクリートの普及によって1985年(昭和60年)に採石業は終わりを迎えた。機械化以前は200キロを超える石材を女性が急峻な山道で何度も担ぎ運んだと記録され、過酷な労働の痕跡が石切場跡の断崖に残る。一方、山中には神亀2年(725年)に行基が開いたと伝わる日本寺があり、石切場跡を取り込んだ絶壁の展望台「地獄のぞき」や百尺観音、千五百羅漢像といった信仰の造形が広がる。採石産業と参詣の歴史が同居するこの地について、ネット上では石切場跡や崖にまつわる怪異を語る声も見られるが、具体的な出来事として確認できる記録は乏しい。