
松倉城跡
松倉城跡は魚津市南部、標高約430メートルの松倉山山頂に築かれた山城の跡である。築城は南北朝期の14世紀前半とされ、太平記にもその名が記されている。以後、桃井氏や越中守護代・椎名氏の居城として、新川地方の政治・軍事の中心を約250年にわたって担った。永禄11年(1568)、城主椎名康胤が主家の上杉謙信から離反すると、翌年上杉勢の攻撃を受けて100日に及ぶ攻防となったが持ちこたえ、謙信はいったん兵を引いた。その後も抗争が続き、元亀年間(1570年代前半)に至って松倉城は開城し、以後は上杉方の河田長親が城将となった。天正10年(1582)には麓の魚津城が織田方連合軍に攻められて落城、翌天正11年には佐々成政の軍によって松倉城も攻略され、その後慶長年間(1596~1615)頃には廃城になったと伝えられる。約250年間に及ぶ抗争の舞台となったこの城跡は、心霊が現れる場所としても知られており、合戦で命を落とした武者の霊が姿を見せるという話が伝えられている。訪れた人の間では、帰り道の車内に白い顔をした女性の姿が映り込んだという目撃談も残されている。現在は空堀や土塁、虎口などの遺構とともに山桜の名所として整備され、往時の激しい攻防の記憶を静かに残す史跡となっている。

