
旧御坂峠
富士吉田と甲府盆地を分ける標高1520メートルの峠である御坂峠。その名称は日本武尊が東国遠征の際に越えたことに由来するとされ、古代からこの地は山越えのための重要な通行路として機能していた。鎌倉往還御坂路というルート上にあり、少なくとも中世には人馬の往来で賑わう街道として確立されていた。 1931年(昭和6年)、戦前の土木事業の一環として御坂隧道を含む旧国道が開通するまで、富士吉田側と甲府盆地側の行き来は徒歩による峠越えに限られていた。この新しい通路となるトンネルの建設は昭和5年10月に開始され、翌年11月に完成。全長396メートル、幅員6メートル、高さ4メートルという仕様で、大規模工事として実施され、平成9年(1997年)に登録有形文化財に指定されている。 トンネル開通後も、古道としての御坂峠の道は残された。この旧道には天下茶屋が存在し、太宰治の作品『富嶽百景』の舞台として文学的な価値を持つようになった。季節の草花や石仏、石垣といった歴史的構造物に彩られたこの道は、かつて多くの人々が踏みしめた足跡を今に伝えている。 1967年に新しい御坂隧道が開通し、交通は再び新しいルートへ移行。古い峠道は観光・文化的な意義を重視される存在へと転換された。ブナやミズナラなどの樹木に覆われた遊歩道は、現在では富士山と富士五湖を望む観光地として機能している。 心霊スポットとしての言及は主にトンネルに集中しており、古道としての旧御坂峠そのものは、むしろ古代から近代まで連綿と続く交通路としての歴史的重要性が、その場所の固有性を定義している。山越えの必要性が失われた現代においても、この峠は人間の営みの痕跡を刻む場として、継続して語り継がれている。