徳島県

三好市の心霊スポット

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三好市の人気スポット TOP3

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大歩危・小歩危(祖谷渓谷)

大歩危・小歩危は徳島県三好市の吉野川中流域に位置する約8kmの渓谷で、2億年の地質活動によって形成された。地層は三波川帯に属する変成岩から成り、その折曲構造と侵食によって、急流が彫り込むV字谷の断崖絶壁が連続する地形をもたらした。名称は古語の「ホケ」(断崖)に由来し、険しい山道と急流の危険性を示唆している。平家の落人伝説と結びつきながら、地域の民俗文化に組み込まれてきた。2014年に国の天然記念物、翌2015年に国の名勝に指定された。

山道・峠
2

祖谷渓

徳島県三好市西祖谷山村と東祖谷の山あいに広がる祖谷渓は、剣山地の北側に位置する全長10キロメートル、深さ200メートル前後のV字渓谷である。日本三大秘境のひとつに数えられ、岐阜県白川郷、宮崎県椎葉村と並ぶ山深い隔絶地として、長く山岳民俗の研究対象になってきた。 地形は中央構造線の断層帯を吉野川の支流・祖谷川が深く侵食して作られたもので、谷壁はほぼ垂直に近い断崖が連続する。蛇行する川と切り立った崖が「ひの字」のような輪郭を成すことから、地元では「ひの字渓谷」とも呼ばれる。 祖谷の文化のなかで全国に知られるのは、平家落人伝説とかずら橋である。寿永4年(1185年)の屋島・壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家一門のうち、平国盛と一族が、追手から逃れて阿波山中に隠れ住んだ、という伝承が地域に長く根付いている。安徳天皇の御陵参考地と呼ばれる場所、平家屋敷民俗資料館、平家伝説に由来する地名が、いまも東祖谷一帯に点在する。歴史学的には伝承の確実な裏付けは乏しいものの、室町期以前から人の住んでいた痕跡があることは確かである。 かずら橋は、シラクチカズラ(サルナシのツル)を編んで架けた原始的な吊り橋で、現存するのは奥祖谷の二重かずら橋と西祖谷のかずら橋の計3本。西祖谷のかずら橋は1955年に国指定の重要有形民俗文化財に指定された。橋を維持するため、地元の保存会が3年ごとに架け替え作業を行っている。一本のツルから橋を作るには30トン前後のツルが必要で、いまも山中での採取と編組作業は伝統技法で継承されている。 アクセスは徳島自動車道井川池田ICから約1時間。日本三奇橋のひとつとして観光地化が進んだ現在も、谷の奥深さと文化の根深さは健在である。

山道・峠
3

曼陀トンネル

曼陀トンネルは徳島県三好市池田町佐野と香川県観音寺市大野原町を結ぶ県道8号観音寺佐野線上に位置する、全長414.5メートルのトンネルである。1963年に有料道路として開通し、建設は熊谷組が手がけた。この峠は源平合戦の屋島の戦いの後、平家一門の霊を慰めるため曼荼羅供養が行われた地とされ、そのことにちなみ「曼陀」と名付けられたと伝わる。1970年代に無料開放され、旧料金所は現在休憩所として利用されている。 このトンネルについては、かつて旧料金所付近で女性が何者かに襲われて殺害される事件があったとされ、以降トンネル内やその周辺で女性の霊を見たとの目撃談が複数のサイトで報告されている。トンネル入口で車を停めていると女性のすすり泣く声が聞こえた、内部でバイクの走行音がするのに車体が見当たらない、通行中にヘルメット越しに男性の低いうめき声を聞いた、道端に人影が現れて手を伸ばしていたなどの話が伝わっている。なお、これらはいずれも噂として伝わるものであり、事件の詳細(日時・被害者)を裏付ける公的な記録は確認されていない。

隧道・トンネル

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大歩危・小歩危(祖谷渓谷)
徳島県 三好市·山道・峠

大歩危・小歩危(祖谷渓谷)

大歩危・小歩危は徳島県三好市の吉野川中流域に位置する約8kmの渓谷で、2億年の地質活動によって形成された。地層は三波川帯に属する変成岩から成り、その折曲構造と侵食によって、急流が彫り込むV字谷の断崖絶壁が連続する地形をもたらした。名称は古語の「ホケ」(断崖)に由来し、険しい山道と急流の危険性を示唆している。平家の落人伝説と結びつきながら、地域の民俗文化に組み込まれてきた。2014年に国の天然記念物、翌2015年に国の名勝に指定された。

祖谷渓
徳島県 三好市·山道・峠

祖谷渓

徳島県三好市西祖谷山村と東祖谷の山あいに広がる祖谷渓は、剣山地の北側に位置する全長10キロメートル、深さ200メートル前後のV字渓谷である。日本三大秘境のひとつに数えられ、岐阜県白川郷、宮崎県椎葉村と並ぶ山深い隔絶地として、長く山岳民俗の研究対象になってきた。 地形は中央構造線の断層帯を吉野川の支流・祖谷川が深く侵食して作られたもので、谷壁はほぼ垂直に近い断崖が連続する。蛇行する川と切り立った崖が「ひの字」のような輪郭を成すことから、地元では「ひの字渓谷」とも呼ばれる。 祖谷の文化のなかで全国に知られるのは、平家落人伝説とかずら橋である。寿永4年(1185年)の屋島・壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家一門のうち、平国盛と一族が、追手から逃れて阿波山中に隠れ住んだ、という伝承が地域に長く根付いている。安徳天皇の御陵参考地と呼ばれる場所、平家屋敷民俗資料館、平家伝説に由来する地名が、いまも東祖谷一帯に点在する。歴史学的には伝承の確実な裏付けは乏しいものの、室町期以前から人の住んでいた痕跡があることは確かである。 かずら橋は、シラクチカズラ(サルナシのツル)を編んで架けた原始的な吊り橋で、現存するのは奥祖谷の二重かずら橋と西祖谷のかずら橋の計3本。西祖谷のかずら橋は1955年に国指定の重要有形民俗文化財に指定された。橋を維持するため、地元の保存会が3年ごとに架け替え作業を行っている。一本のツルから橋を作るには30トン前後のツルが必要で、いまも山中での採取と編組作業は伝統技法で継承されている。 アクセスは徳島自動車道井川池田ICから約1時間。日本三奇橋のひとつとして観光地化が進んだ現在も、谷の奥深さと文化の根深さは健在である。

曼陀トンネル
徳島県 三好市·隧道・トンネル

曼陀トンネル

曼陀トンネルは徳島県三好市池田町佐野と香川県観音寺市大野原町を結ぶ県道8号観音寺佐野線上に位置する、全長414.5メートルのトンネルである。1963年に有料道路として開通し、建設は熊谷組が手がけた。この峠は源平合戦の屋島の戦いの後、平家一門の霊を慰めるため曼荼羅供養が行われた地とされ、そのことにちなみ「曼陀」と名付けられたと伝わる。1970年代に無料開放され、旧料金所は現在休憩所として利用されている。 このトンネルについては、かつて旧料金所付近で女性が何者かに襲われて殺害される事件があったとされ、以降トンネル内やその周辺で女性の霊を見たとの目撃談が複数のサイトで報告されている。トンネル入口で車を停めていると女性のすすり泣く声が聞こえた、内部でバイクの走行音がするのに車体が見当たらない、通行中にヘルメット越しに男性の低いうめき声を聞いた、道端に人影が現れて手を伸ばしていたなどの話が伝わっている。なお、これらはいずれも噂として伝わるものであり、事件の詳細(日時・被害者)を裏付ける公的な記録は確認されていない。