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稲城市の心霊スポット

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稲城市の人気スポット TOP3

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稲城市旧採掘跡地の怪火

稲城市を含む多摩川中流域では、明治中期から昭和40年まで、道路・鉄道用バラスト、コンクリート骨材、建築用石材として、大規模な砂利・石材採掘が行われた。特に関東大震災後の大正12年(1923年)から昭和初期にかけ、復興需要で採掘量は急増し、稲城周辺は採掘の最盛地となった。明治時代は人力によるジョレン作業が中心だったが、大正末期から大型掘削機や機械船が導入され、採掘現場の規模は飛躍的に拡大した。昭和39年に青梅市までの商業採掘が全面禁止され、昭和40年に多摩川全域での採掘が終了するまで、約70年間にわたり労働が続いた。 現在、丘陵地の採掘跡地には、崖面に掘削痕が残り、かつての鉄索道の支柱や石段が苔に覆われた状態で存在している。夜間にこれらの跡地を遠方から眺めると、岩肌に青白い光がぽつりと現れて消えるという現象が報告されている。この発光は、採掘による地盤露出部に含まれるリン成分や有機物の酸化、あるいは光の屈折など、自然現象に基づく可能性が指摘されている。地元では「怪火」と呼ぶ習慣が続いており、採掘作業で命を落とした労働者を追悼する小塚や祠に手向けをする風習がいまなお保たれている。 旧採石場跡は崖崩れ・転落の危険が極めて高く、立入禁止が示された区域へ踏み込むことは厳に避けねばならない。

宿泊・居住跡
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城山公園

城山公園は東京都稲城市向陽台にある公園で、JR南武線南多摩駅から徒歩10分ほどの丘陵地に位置する。この付近は中世に築かれた山城「大丸城」の跡地に近いとされ、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にも「城山」という呼び名と、堀の跡と見られる地形の記述が残る。城の発掘調査では中世の墓群や供養塔なども見つかっており、古くから墓所や祭祀の場としての側面を持つ土地であったことがうかがえる。公園近くの浅間神社周辺には古井戸の跡が伝わり、過去に人が投げ込まれたという逸話が知られている。また近隣の商業施設沿いの柱に人の顔のような模様が浮かび上がるという噂や、公園から川崎街道方面へ下った先に建てられた施設の工事中に人骨が発見されたという話も存在する。こうした複数の逸話が組み合わさり、稲城市内でこの公園を不気味な場所として扱う声が根強く存在している。

公園・城址
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是政橋

是政橋は多摩川に架かり、東京都府中市と稲城市を結ぶ道路橋である。橋自体は1941年に木造橋として架けられ、1957年にコンクリート橋へ架け替えられた後、2011年に4車線の現在の姿へと生まれ変わり、地域の交通の要としての歴史を持つ。一方で、かつて木造橋や鉄筋コンクリート橋が架かっていた時代からの噂が根強く残る。噂の出典として知られるのは2008年にオカルト系掲示板へ投稿された話で、霊が写り込んだ映像を集めたDVDに橋の風景が写っていたとして、数年前その橋の下で首を切られた死体が発見され、それ以後怪奇現象が起きるようになったという内容が紹介された。これを機に、撮影した映像に霊のようなものが写り込む、橋の上を歩くと背後から押されるような感覚を覚える、女性の姿を見かけるといった話が複数の心霊系サイトやブログで繰り返し取り上げられ、2011年の架け替えで橋そのものは一新されたにもかかわらず現象が続くとする投稿も見られる。ネット上の評価サイトでは怖さの度合いを示す指標が付けられ、閲覧者による投票も一定数集まっている一方、実際には「特に怖さは感じなかった」といった声、周辺で警察の巡回が増えたとの指摘、さらには近所に住んでいながらそうした事件を聞いたことがないとする声もある。なお2017年2月には橋近くの多摩川河川敷でホームレス支援団体の巡回中に白骨化した遺体が発見されたとする記録があるが、これは怪談で語られる首切り死体の噂とは別の出来事であり、噂そのものの年代や出典を裏付ける公的な記録は確認できていない。橋の下は日中でも薄暗く閉塞感のある空間になっている。

橋・高架

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稲城市旧採掘跡地の怪火
宿泊・居住跡·東京都 稲城市

稲城市旧採掘跡地の怪火

稲城市を含む多摩川中流域では、明治中期から昭和40年まで、道路・鉄道用バラスト、コンクリート骨材、建築用石材として、大規模な砂利・石材採掘が行われた。特に関東大震災後の大正12年(1923年)から昭和初期にかけ、復興需要で採掘量は急増し、稲城周辺は採掘の最盛地となった。明治時代は人力によるジョレン作業が中心だったが、大正末期から大型掘削機や機械船が導入され、採掘現場の規模は飛躍的に拡大した。昭和39年に青梅市までの商業採掘が全面禁止され、昭和40年に多摩川全域での採掘が終了するまで、約70年間にわたり労働が続いた。 現在、丘陵地の採掘跡地には、崖面に掘削痕が残り、かつての鉄索道の支柱や石段が苔に覆われた状態で存在している。夜間にこれらの跡地を遠方から眺めると、岩肌に青白い光がぽつりと現れて消えるという現象が報告されている。この発光は、採掘による地盤露出部に含まれるリン成分や有機物の酸化、あるいは光の屈折など、自然現象に基づく可能性が指摘されている。地元では「怪火」と呼ぶ習慣が続いており、採掘作業で命を落とした労働者を追悼する小塚や祠に手向けをする風習がいまなお保たれている。 旧採石場跡は崖崩れ・転落の危険が極めて高く、立入禁止が示された区域へ踏み込むことは厳に避けねばならない。

公園・城址·東京都 稲城市

城山公園

城山公園は東京都稲城市向陽台にある公園で、JR南武線南多摩駅から徒歩10分ほどの丘陵地に位置する。この付近は中世に築かれた山城「大丸城」の跡地に近いとされ、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にも「城山」という呼び名と、堀の跡と見られる地形の記述が残る。城の発掘調査では中世の墓群や供養塔なども見つかっており、古くから墓所や祭祀の場としての側面を持つ土地であったことがうかがえる。公園近くの浅間神社周辺には古井戸の跡が伝わり、過去に人が投げ込まれたという逸話が知られている。また近隣の商業施設沿いの柱に人の顔のような模様が浮かび上がるという噂や、公園から川崎街道方面へ下った先に建てられた施設の工事中に人骨が発見されたという話も存在する。こうした複数の逸話が組み合わさり、稲城市内でこの公園を不気味な場所として扱う声が根強く存在している。

是政橋
橋・高架·東京都 稲城市

是政橋

是政橋は多摩川に架かり、東京都府中市と稲城市を結ぶ道路橋である。橋自体は1941年に木造橋として架けられ、1957年にコンクリート橋へ架け替えられた後、2011年に4車線の現在の姿へと生まれ変わり、地域の交通の要としての歴史を持つ。一方で、かつて木造橋や鉄筋コンクリート橋が架かっていた時代からの噂が根強く残る。噂の出典として知られるのは2008年にオカルト系掲示板へ投稿された話で、霊が写り込んだ映像を集めたDVDに橋の風景が写っていたとして、数年前その橋の下で首を切られた死体が発見され、それ以後怪奇現象が起きるようになったという内容が紹介された。これを機に、撮影した映像に霊のようなものが写り込む、橋の上を歩くと背後から押されるような感覚を覚える、女性の姿を見かけるといった話が複数の心霊系サイトやブログで繰り返し取り上げられ、2011年の架け替えで橋そのものは一新されたにもかかわらず現象が続くとする投稿も見られる。ネット上の評価サイトでは怖さの度合いを示す指標が付けられ、閲覧者による投票も一定数集まっている一方、実際には「特に怖さは感じなかった」といった声、周辺で警察の巡回が増えたとの指摘、さらには近所に住んでいながらそうした事件を聞いたことがないとする声もある。なお2017年2月には橋近くの多摩川河川敷でホームレス支援団体の巡回中に白骨化した遺体が発見されたとする記録があるが、これは怪談で語られる首切り死体の噂とは別の出来事であり、噂そのものの年代や出典を裏付ける公的な記録は確認できていない。橋の下は日中でも薄暗く閉塞感のある空間になっている。