
荒川区旧日雇い労働者の宿舎跡
明治後期から大正期、荒川区は隅田川の水運を利用した工業化の進展により、全国各地から多くの労働者が流入した。工場労働に従事する彼らの多くは、隅田川沿いの簡易な木造長屋に身を寄せ、過酷な労働環境と貧困のなかで生活を営んでいた。物資の積み下ろしや製造工場での働き手として日本の産業成長を支えながらも、医療環境の不十分さや過労の中で若くして命を落とす者も少なくなかった。この地区は戦後も簡易宿泊施設の拠点として機能し、数十年にわたり日本の高度経済成長に不可欠な労働力を提供してきた。現在は更地や駐車場に変わり、かつての営みの痕跡は地表からは消えている。
