神奈川県

横須賀市の心霊スポット

8 スポット6 カテゴリ

三浦半島の岬と海岸線が、横須賀市の心霊スポットの舞台になっている。江戸幕府の命で1648年に築かれた浦賀の燈明堂は、周辺に処刑場が置かれ悲鳴が対岸まで届いたという逸話が残る。1180年に源頼朝挙兵に応じた三浦義明が籠城の末討死したと伝わる衣笠城址や、1880年着工の観音崎公園の砲台跡、1999年に開発許可が下りたまま着工されなかった田浦の未着工ニュータウン跡は、中世の攻防と近代の要塞・開発計画という異なる時代の記憶を伝える。荒崎海岸には昭和50年の出来事にまつわる伝承もあり、水辺・廃墟系の噂が並ぶ。

横須賀市の人気スポット TOP8

1

燈明堂(浦賀燈明堂)

横須賀市浦賀の岬に建つ燈明堂は、江戸幕府の命により慶安元年(1648)に築かれた和式灯台で、浦賀水道を行く船の安全を支え明治5年(1872)まで灯りをともし続けた。堂の周辺には浦賀奉行所の処刑場が置かれ、罪人の首が落とされる場所であったと伝わるが、この由来を裏付ける江戸期の公的な記録は見つかっておらず、真偽は定かでないとの指摘もある。処刑の際に上がった悲鳴や遺族の泣き声は、対岸の鴨居まで届いたという逸話が残る。幕末期には周辺から多量の人骨が発掘され、合戦の犠牲者や難破船の遭難者のものとする説も唱えられてきた。供養のため天保11年(1840)に高さ約6メートルの題目碑と地蔵菩薩像が建立された。燈明堂跡は現在、横須賀風物百選の一つにも選ばれている。灯台は昭和末期に復元され公園として整備されたが、日没後に訪れた人からは首を失った人影の目撃、悲鳴のような声、オーブの浮遊、周囲の空気が急に冷え込む感覚などが報告されている。心霊系のまとめサイトでは、これらに加えて女性の声とみられる音声が録音されたとする報告や、訪れた者が脇腹や太腿に痛みを覚えたと訴える体験も紹介されており、目撃談の内容は年々細かく語られるようになっている。日中は海水浴や散策に訪れる人もいる穴場として親しまれる一方、こうした噂から日没後の訪問は避けたほうがよいとする声がネット上では多く見られる。

その他
2

田浦廃村(湘南田浦ニュータウン跡)

神奈川県横須賀市の田浦地区、国道16号沿いから西側に入った丘陵地に、住宅開発の途中で放棄された集落跡がある。1999年、この土地では大規模な戸建て住宅地「湘南田浦ニュータウン」の開発許可が下り、既存の住民は立ち退きに応じたものの、事業者側の事情で工事は着工されず計画は頓挫した。住民が去った後も家財道具や生活用品が置き去りにされた住宅が二十軒以上残り、長年にわたって手つかずのまま放置され、次第に廃墟群として知られるようになった。訪れた人々の間では、廃屋のひとつが2000年公開のホラー映画に登場する屋敷を思わせる外観だとして「伽椰子の家」と呼ばれ、少女の霊が現れるという噂が語られてきた。2013年に開発区域は別の事業者に引き継がれ、当初は再び戸建て住宅地として造成する計画が進められたが、2015年にこの住宅開発計画は取り下げられ、太陽光発電施設の建設計画に変更された。2017年から周辺一帯は立ち入りが制限され、2018年から2019年にかけて残っていた建物は解体された。現在も立ち入りは制限され警察による巡回が行われており、かつての住宅跡は工事用地として整備が進められている。

集落・廃村
3

観音崎公園・砲台跡

神奈川県横須賀市の観音崎公園には、明治13年(1880年)に着工された東京湾要塞・観音崎砲台の遺構が今も残る。浦賀水道を扼する要衝として築かれたこの砲台群は、30センチ砲8門を備えた第一砲台などから成り、太平洋戦争終結まで陸軍の施設として使われ、長らく一般人の立ち入りが制限されていた。第一砲台は関東大震災で大破し、大正末期に廃止されたと伝わる。戦後は公園として整備され、砲台跡やレンガ造りの地下壕、トンネルを見学できる場所として親しまれている。一方で、園内には不可思議な噂も複数伝えられている。地下壕やトンネル付近では軍服姿の人影が目撃されたとする話や、低い呻き声や砲撃音のような音が聞こえるという話が伝えられる。中でも知られるのは、スイッチを押すと照明が3分間だけ点灯する仕組みを持つ通称「3分間トンネル」で、入り口に立つと意識が飛ぶような感覚に陥るという噂がある。公園内の公衆トイレでは、白い服の女性が命を絶ったことがあるとされ、その霊の目撃談が伝えられているほか、灯台周辺でも発光現象や軍服姿の人影の目撃が話題になっている。園内の慰霊碑は戦没した船員を弔うために建てられたもので、身元不明の遺骨が眠るという説がこうした噂の背景として語られることもある。ネット上では、周辺道路が交通事故を招く場所としても取り上げられている。これらの噂について具体的な日時や証言者が明示されることは少なく、多くは要塞としての歴史的背景を踏まえた印象に基づくものとみられる。

廃墟・残骸
4

長瀬隧道

神奈川県横須賀市の西浦賀と長瀬の間、岬の付け根を貫く長さ約五十メートルの短いトンネル。昭和五年(一九三〇年)に掘削され、昭和四十六年(一九七一年)に巻き立て改修が施された。入口には複数の庚申塔が並び、反対側の出口付近には地蔵が据えられているが、その由来を記した記録は乏しい。トンネルの東側には江戸時代に浦賀奉行所の処刑場が置かれていたとされる燈明堂跡があり、この歴史から一帯には不穏な印象が結び付けられてきた。心霊スポットとして紹介される際には、真夜中にトンネル内へ入ると女性のささやきや笑い声がどこからともなく聞こえてくる、あるいは背後から足音が追いかけてくるように感じるといった体験が紹介される。一部の紹介では上に火葬場があったという説も見られるが、複数の記事はこれを誤伝とし、実際は近隣の処刑場の記憶が結びついたものだと指摘している。昭和五十年代には出口付近の地蔵の前で白装束の人物たちが祈っていたという目撃も記録されている。

隧道・トンネル
5

衣笠城址

衣笠城址は横須賀市衣笠町にある中世の山城跡で、康平年間(1058~1064)に三浦為通が築いたとされ、以後為継・義継・義明と四代にわたり三浦氏の本拠として三浦半島経営の中心を担った。1180年8月、源頼朝の挙兵に応じた三浦義明が平家方の大軍を迎えて籠城したが衆寡敵せず落城し、義明は高齢の身で討死したと伝わる(享年は史料により「八十余」「79」「84」など諸説あり、衣笠合戦)。城は大谷戸川と深山川に挟まれた丘陵を天然の堀とした構造で、現在は境内に大善寺が建ち、最高所の物見岩には城跡碑が置かれている。1966年に市の史跡に指定された。この古戦場跡は心霊スポットとしても知られ、夜間に討死した武士の霊が現れるという噂がある。物見岩周辺では葉を踏むような足音や女性の叫び声のような声が聞こえるとの話があり、山の上から発する正体不明の呻き声や、後を付けられているような気配を感じたという報告も存在する。一部ではこうした物音を、山中に棚む天狗の仕業と結び付ける見方もある。実際に具体的な恐怖体験を詳細に記した投稿は少なく、噂の域を出ない部分も多いとされる。

公園・城址
6

鷹取山

横須賀市と逗子市の境に位置する標高139mの山で、通称「湘南妙義」と呼ばれる。新第三紀の凝灰岩「鷹取石」を切り出す採石場として古くから利用され、垂直に切り立った巨大な岩壁がその名残として残る。関東大震災では凝灰岩建材の倒壊被害が相次いだことなどから採石は下火になったとされる。太平洋戦争末期には旧日本軍の高角砲台が設置され、兵士が配置された軍事施設としての歴史も持つ。昭和35年ごろ、地元彫刻家によって岩壁に高さ約8mの弥勒菩薩像が彫られ、隣にあった釈迦如来像は昭和40年に取り壊された。現在は公園として整備され、切り立った岩肌はロッククライミングの練習場としても知られている。こうした歴史的背景の中で、インターネット上の心霊関連サイトでは、白い着物姿の老婆の霊が登山者の前に現れるという噂や、旧日本軍の兵士とみられる人影が山道を歩く姿、磨崖仏の前で祈るように立つ女性の霊、深夜に誰もいない岩壁付近から聞こえる足音や話し声などが紹介されている。ホラースポットを扱う書籍でも取り上げられているが、明確な体験談は少なく、不思議な雰囲気を持つ珍しい観光地として紹介される例も見られる。

その他
7

塚山公園

塚山公園は横須賀市西逸見町・山中町・長浦町にまたがる標高133メートルの丘に位置する県立公園で、江戸時代に徳川家康の外交顧問を務めたイギリス人航海士ウィリアム・アダムス、和名三浦按針の墓「按針塚」があることで知られる。按針塚は江戸幕府の鎖国政策下で一時放置されたが、明治5年にイギリス人貿易商が発見し修復を進め、明治39年の大改修を経て大正12年に国の史跡に指定された。桜の名所であり「港の見える丘」と呼ばれる展望スポットも整備されている。一方でこの公園は、過去に起きた出来事から心霊スポットとしても知られている。1978年11月には園内北西の雑木林で身元不明の中年男性の遺体が発見され、自殺として処理された。さらに2008年9月には、園内で中年の男女2人が縄で首を吊った状態で発見され、近くの住居で若い女性の遺体も見つかったことから、両親が娘を手にかけた後に命を絶った事件とみられている。こうした経緯から、園内では男性の霊や、桜の木で自ら命を絶った女性の霊が出るという噂が伝えられている。

公園・城址
8

荒崎海岸

荒崎海岸は神奈川県横須賀市長井に広がるリアス式海岸で、荒々しい岩礁と夕景の美しさから「かながわの景勝50選」にも選ばれている景勝地である。海岸沿いには波の浸食で生まれた洞窟がいくつも点在し、観光客や釣り人が訪れる一方、心霊にまつわる噂も伝えられてきた場所である。伝えられているところによると、昭和50年(1975年)、恋愛関係のもつれから10代の男性がこの海岸で投身自殺を遂げたという。遺体は発見までに数日を要し、損傷の激しさから身元の確認に時間がかかったとされる。以降、この一件を発端に男性の霊が目撃されたとの噂が広まったといわれる。特に知られているのは、映画「リング2」の撮影に際して起きたという出来事である。海岸の洞窟で音声を収録したところ、周囲に人の姿がないにもかかわらず、女性の名前を呼ぶような男性の声が入り込んでいたという。この声が呼びかけていたとされる名前は、かつて投身した男性が思いを寄せていた相手のものではないかとする見方が示され、テレビの検証番組でも取り上げられたと伝えられている。

水辺

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燈明堂(浦賀燈明堂)
神奈川県 横須賀市·その他

燈明堂(浦賀燈明堂)

横須賀市浦賀の岬に建つ燈明堂は、江戸幕府の命により慶安元年(1648)に築かれた和式灯台で、浦賀水道を行く船の安全を支え明治5年(1872)まで灯りをともし続けた。堂の周辺には浦賀奉行所の処刑場が置かれ、罪人の首が落とされる場所であったと伝わるが、この由来を裏付ける江戸期の公的な記録は見つかっておらず、真偽は定かでないとの指摘もある。処刑の際に上がった悲鳴や遺族の泣き声は、対岸の鴨居まで届いたという逸話が残る。幕末期には周辺から多量の人骨が発掘され、合戦の犠牲者や難破船の遭難者のものとする説も唱えられてきた。供養のため天保11年(1840)に高さ約6メートルの題目碑と地蔵菩薩像が建立された。燈明堂跡は現在、横須賀風物百選の一つにも選ばれている。灯台は昭和末期に復元され公園として整備されたが、日没後に訪れた人からは首を失った人影の目撃、悲鳴のような声、オーブの浮遊、周囲の空気が急に冷え込む感覚などが報告されている。心霊系のまとめサイトでは、これらに加えて女性の声とみられる音声が録音されたとする報告や、訪れた者が脇腹や太腿に痛みを覚えたと訴える体験も紹介されており、目撃談の内容は年々細かく語られるようになっている。日中は海水浴や散策に訪れる人もいる穴場として親しまれる一方、こうした噂から日没後の訪問は避けたほうがよいとする声がネット上では多く見られる。

神奈川県 横須賀市·集落・廃村

田浦廃村(湘南田浦ニュータウン跡)

神奈川県横須賀市の田浦地区、国道16号沿いから西側に入った丘陵地に、住宅開発の途中で放棄された集落跡がある。1999年、この土地では大規模な戸建て住宅地「湘南田浦ニュータウン」の開発許可が下り、既存の住民は立ち退きに応じたものの、事業者側の事情で工事は着工されず計画は頓挫した。住民が去った後も家財道具や生活用品が置き去りにされた住宅が二十軒以上残り、長年にわたって手つかずのまま放置され、次第に廃墟群として知られるようになった。訪れた人々の間では、廃屋のひとつが2000年公開のホラー映画に登場する屋敷を思わせる外観だとして「伽椰子の家」と呼ばれ、少女の霊が現れるという噂が語られてきた。2013年に開発区域は別の事業者に引き継がれ、当初は再び戸建て住宅地として造成する計画が進められたが、2015年にこの住宅開発計画は取り下げられ、太陽光発電施設の建設計画に変更された。2017年から周辺一帯は立ち入りが制限され、2018年から2019年にかけて残っていた建物は解体された。現在も立ち入りは制限され警察による巡回が行われており、かつての住宅跡は工事用地として整備が進められている。

神奈川県 横須賀市·廃墟・残骸

観音崎公園・砲台跡

神奈川県横須賀市の観音崎公園には、明治13年(1880年)に着工された東京湾要塞・観音崎砲台の遺構が今も残る。浦賀水道を扼する要衝として築かれたこの砲台群は、30センチ砲8門を備えた第一砲台などから成り、太平洋戦争終結まで陸軍の施設として使われ、長らく一般人の立ち入りが制限されていた。第一砲台は関東大震災で大破し、大正末期に廃止されたと伝わる。戦後は公園として整備され、砲台跡やレンガ造りの地下壕、トンネルを見学できる場所として親しまれている。一方で、園内には不可思議な噂も複数伝えられている。地下壕やトンネル付近では軍服姿の人影が目撃されたとする話や、低い呻き声や砲撃音のような音が聞こえるという話が伝えられる。中でも知られるのは、スイッチを押すと照明が3分間だけ点灯する仕組みを持つ通称「3分間トンネル」で、入り口に立つと意識が飛ぶような感覚に陥るという噂がある。公園内の公衆トイレでは、白い服の女性が命を絶ったことがあるとされ、その霊の目撃談が伝えられているほか、灯台周辺でも発光現象や軍服姿の人影の目撃が話題になっている。園内の慰霊碑は戦没した船員を弔うために建てられたもので、身元不明の遺骨が眠るという説がこうした噂の背景として語られることもある。ネット上では、周辺道路が交通事故を招く場所としても取り上げられている。これらの噂について具体的な日時や証言者が明示されることは少なく、多くは要塞としての歴史的背景を踏まえた印象に基づくものとみられる。

長瀬隧道
神奈川県 横須賀市·隧道・トンネル

長瀬隧道

神奈川県横須賀市の西浦賀と長瀬の間、岬の付け根を貫く長さ約五十メートルの短いトンネル。昭和五年(一九三〇年)に掘削され、昭和四十六年(一九七一年)に巻き立て改修が施された。入口には複数の庚申塔が並び、反対側の出口付近には地蔵が据えられているが、その由来を記した記録は乏しい。トンネルの東側には江戸時代に浦賀奉行所の処刑場が置かれていたとされる燈明堂跡があり、この歴史から一帯には不穏な印象が結び付けられてきた。心霊スポットとして紹介される際には、真夜中にトンネル内へ入ると女性のささやきや笑い声がどこからともなく聞こえてくる、あるいは背後から足音が追いかけてくるように感じるといった体験が紹介される。一部の紹介では上に火葬場があったという説も見られるが、複数の記事はこれを誤伝とし、実際は近隣の処刑場の記憶が結びついたものだと指摘している。昭和五十年代には出口付近の地蔵の前で白装束の人物たちが祈っていたという目撃も記録されている。

衣笠城址
神奈川県 横須賀市·公園・城址

衣笠城址

衣笠城址は横須賀市衣笠町にある中世の山城跡で、康平年間(1058~1064)に三浦為通が築いたとされ、以後為継・義継・義明と四代にわたり三浦氏の本拠として三浦半島経営の中心を担った。1180年8月、源頼朝の挙兵に応じた三浦義明が平家方の大軍を迎えて籠城したが衆寡敵せず落城し、義明は高齢の身で討死したと伝わる(享年は史料により「八十余」「79」「84」など諸説あり、衣笠合戦)。城は大谷戸川と深山川に挟まれた丘陵を天然の堀とした構造で、現在は境内に大善寺が建ち、最高所の物見岩には城跡碑が置かれている。1966年に市の史跡に指定された。この古戦場跡は心霊スポットとしても知られ、夜間に討死した武士の霊が現れるという噂がある。物見岩周辺では葉を踏むような足音や女性の叫び声のような声が聞こえるとの話があり、山の上から発する正体不明の呻き声や、後を付けられているような気配を感じたという報告も存在する。一部ではこうした物音を、山中に棚む天狗の仕業と結び付ける見方もある。実際に具体的な恐怖体験を詳細に記した投稿は少なく、噂の域を出ない部分も多いとされる。

鷹取山
神奈川県 横須賀市·その他

鷹取山

横須賀市と逗子市の境に位置する標高139mの山で、通称「湘南妙義」と呼ばれる。新第三紀の凝灰岩「鷹取石」を切り出す採石場として古くから利用され、垂直に切り立った巨大な岩壁がその名残として残る。関東大震災では凝灰岩建材の倒壊被害が相次いだことなどから採石は下火になったとされる。太平洋戦争末期には旧日本軍の高角砲台が設置され、兵士が配置された軍事施設としての歴史も持つ。昭和35年ごろ、地元彫刻家によって岩壁に高さ約8mの弥勒菩薩像が彫られ、隣にあった釈迦如来像は昭和40年に取り壊された。現在は公園として整備され、切り立った岩肌はロッククライミングの練習場としても知られている。こうした歴史的背景の中で、インターネット上の心霊関連サイトでは、白い着物姿の老婆の霊が登山者の前に現れるという噂や、旧日本軍の兵士とみられる人影が山道を歩く姿、磨崖仏の前で祈るように立つ女性の霊、深夜に誰もいない岩壁付近から聞こえる足音や話し声などが紹介されている。ホラースポットを扱う書籍でも取り上げられているが、明確な体験談は少なく、不思議な雰囲気を持つ珍しい観光地として紹介される例も見られる。

塚山公園
神奈川県 横須賀市·公園・城址

塚山公園

塚山公園は横須賀市西逸見町・山中町・長浦町にまたがる標高133メートルの丘に位置する県立公園で、江戸時代に徳川家康の外交顧問を務めたイギリス人航海士ウィリアム・アダムス、和名三浦按針の墓「按針塚」があることで知られる。按針塚は江戸幕府の鎖国政策下で一時放置されたが、明治5年にイギリス人貿易商が発見し修復を進め、明治39年の大改修を経て大正12年に国の史跡に指定された。桜の名所であり「港の見える丘」と呼ばれる展望スポットも整備されている。一方でこの公園は、過去に起きた出来事から心霊スポットとしても知られている。1978年11月には園内北西の雑木林で身元不明の中年男性の遺体が発見され、自殺として処理された。さらに2008年9月には、園内で中年の男女2人が縄で首を吊った状態で発見され、近くの住居で若い女性の遺体も見つかったことから、両親が娘を手にかけた後に命を絶った事件とみられている。こうした経緯から、園内では男性の霊や、桜の木で自ら命を絶った女性の霊が出るという噂が伝えられている。

荒崎海岸
神奈川県 横須賀市·水辺

荒崎海岸

荒崎海岸は神奈川県横須賀市長井に広がるリアス式海岸で、荒々しい岩礁と夕景の美しさから「かながわの景勝50選」にも選ばれている景勝地である。海岸沿いには波の浸食で生まれた洞窟がいくつも点在し、観光客や釣り人が訪れる一方、心霊にまつわる噂も伝えられてきた場所である。伝えられているところによると、昭和50年(1975年)、恋愛関係のもつれから10代の男性がこの海岸で投身自殺を遂げたという。遺体は発見までに数日を要し、損傷の激しさから身元の確認に時間がかかったとされる。以降、この一件を発端に男性の霊が目撃されたとの噂が広まったといわれる。特に知られているのは、映画「リング2」の撮影に際して起きたという出来事である。海岸の洞窟で音声を収録したところ、周囲に人の姿がないにもかかわらず、女性の名前を呼ぶような男性の声が入り込んでいたという。この声が呼びかけていたとされる名前は、かつて投身した男性が思いを寄せていた相手のものではないかとする見方が示され、テレビの検証番組でも取り上げられたと伝えられている。