
旧善波トンネル
神奈川県秦野市と伊勢原市の境にある善波峠は、国道246号の旧ルート上にある峠である。標高は約300メートル、丹沢山地南端の小規模な峠で、相模湾側と丹沢北部を結ぶ古くからの交通路だった。 旧善波トンネルは、1928年(昭和3年)開通の延長143メートルの自動車道トンネルである。両坑門はコンクリート造で、当時としては標準的な装飾が施されている。1930年代の地方道トンネルの典型例として、土木史的にも関心の対象となる構造物である。 1965年(昭和40年)9月2日、このトンネル付近で発生した交通事故が、地元の郷土史に重要な位置を占めている。当時17歳の少年が、バイクで峠を走行中、対向するトラックと正面衝突して死亡した。少年の名は「準一」と伝えられ、若い命が交通事故で失われた悲劇として、地元で長く記憶されてきた。 事故の後、遺族と地域の住民が事故現場近くに地蔵を建立し、「もう死なないで 準一」と刻んだ看板を立てた。看板と地蔵は、若者の死を悼むと同時に、後続の運転者に安全運転を呼びかける警鐘の意味を込めて設置されたものだった。看板は1989年(平成元年)に老朽化のため一度撤去されたが、地蔵そのものは現在も残されており、地元の交通安全祈願の対象として手向けが続けられている。 旧善波トンネルは、1980年代以降の国道246号の改良工事に伴い、新しいバイパスルートの建設で交通量が大きく減少した。現在は地域住民の生活道として、また旧道散策のコースとして利用されている。 秦野市と伊勢原市の郷土史と交通安全運動の記録の中で、旧善波トンネルの事故と「準一の地蔵」の物語は、戦後の交通安全教育の象徴的な事例として語り継がれている。神奈川県警察本部の交通安全広報の資料にも、この事例が触れられたことがある。 旧トンネルの両坑口は、植生が迫る荒れた状態に近いが、徒歩での通過は可能。車道幅員が狭く、照明は設置されていないため、夜間の通行は推奨されない。
