
旧太子駅
群馬県中之条町、草津や野反湖へ向かう山あいに残る旧太子(おおし)駅の跡。太平洋戦争のさなか、近くの群馬鉄山で採れる鉄鉱石を運び出すために敷かれた日本鋼管群馬鉄山専用線の起点で、1945年に開業した。戦後は旅客も運んだが1966年に廃止され、鉄鉱石を貨車へ積み込んだ巨大なホッパー(積込設備)の遺構だけが、コンクリートの骨組みをさらして山中に取り残された。戦時下の鉱山では過酷な労働が強いられ、命を落とした人も少なくなかったと伝えられる。鉱石を運んだ専用線にはトンネルや橋梁の跡も点在し、苔むした軌道跡をたどると、かつてにぎわった鉱山町の名残と、戦争に翻弄された人々の足跡とが静かに重なって浮かび上がる。日が傾く頃には巨大なホッパーの影が谷を覆い、訪れた者の多くが自然と言葉少なになると言われ、にぎわいの記憶と無人の静寂との落差が、この地に独特の重い空気をもたらしている。 苔むしたホッパー跡やトンネルの暗がりでは、誰もいないのに足音や金属を打つような音が響く、寒気とともに人の気配を感じた、写真に白い影が写り込んだといった体験談が語られてきた。山あいの静寂と、戦争と鉱山の記憶とが結びついて、独特の重い空気を訪れる者に感じさせる。 地元では、鉱山とともに生き、この地で亡くなった人々への鎮魂が長く受け継がれており、遺構を荒らす行為は強く戒められている。 ホッパー跡の一帯は遺構として保存・整備されているが、老朽化した構造物への無断のよじ登りや、夜間・冬季の立ち入りは滑落や落石の危険が大きい。訪れる際は公開されている範囲と時間を守り、遺構を傷つけず、亡くなった人々への敬意を第一に考えること。

