青森県

弘前市の心霊スポット

4 スポット4 カテゴリ

弘前市の人気スポット TOP4

1

厳鬼山源泉スペース21(スペース21)

青森県弘前市百沢、岩木山山麓に位置する廃墟。厳鬼山源泉を利用した温泉宿泊施設として1985年前後に開業し、当初は「熊のやかた」の名で知られ、大浴場や大広間を備え歌謡ショーなどの催しも行われていたという。1990年代後半には経営難により閉業し、その後医療関連法人による事業再生も試みられたが定着せず、「スペース21」の名を残したまま建物は放置されるに至った。経営難の末に当時の経営者が死亡したとの噂が広まり、以後、本館2階の浴室では冷気や水音、足音といった気配が、別館の奥の部屋では人影のような姿や低いつぶやき声が報告されるなど、廃墟・怪談系サイトで具体的な体験談として複数紹介されている。施設内では機械が勝手に動き出すという噂や、女性の霊が現れるという噂も伝わる。取り壊しに着手した際には作業中の事故や機械の故障が相次いだため工事が中断し、この事故で亡くなった作業員の霊が現れるという新たな噂も加わったという。一方で、こうした噂の出典や根拠を明示できるものは確認できず、施設を紹介するサイトの中には「心霊スポットの噂は事実無根」と注記するものもある。老朽化が進み床や壁に大きな損壊が見られる現在も、この建物は青森県内で名の知られた廃墟のひとつとして扱われ、廃墟愛好家の訪問先としても知られている。

廃墟・残骸
2

旧津軽廃城山砦跡

青森県弘前市の山上に残る廃砦は、戦国期に津軽地域を支配していた在地武士が築いた防御施設の遺構である。津軽統一を推し進めた津軽為信が1590年に豊臣秀吉から領地統治の許可を得た後、地域の有力武士たちを段階的に傘下に収めていった過程で、こうした小規模な砦は次々と廃城化していった。為信が1594年に堀越城へ拠点を移すと、旧来の砦跡はその役割を失い、放置されるようになった。 現在、遺構として残っているのは空堀と土塁、朽ちた木柵の痕跡など、当時の防御構造を示す物理的な痕跡のみである。堀越城の発掘調査で確認された複数の防御層や木橋跡といった構造から、戦国期の山城がどのように機能していたかを推測することができる。冬季の積雪に覆われ、雪解け後に姿を見せる遺構は、その単調で暗い地形と相まって、来訪者に歴史的な記憶を喚起させやすい環境にある。

山道・峠
3

心霊の沼

弘前市の郊外にある沼。地元では怖い場所として知られている。 投稿では、地元の学校では昔から怖い場所として語り継がれており、実際に訪問した者からは「二度と行かない」という感想が寄せられている。また夜間に周辺を通りかかった際に奇妙な現象が目撃されたという報告もある。 沼の周辺は私有地と国有林が混在し、夜間の訪問は滑落、低体温症、野生動物との接触のリスクが高い。沼への接近は深さや水温による事故の危険がある。

水辺
4

久渡寺

久渡寺は青森県弘前市坂元に位置する真言宗智山派の古刹で、津軽三十三観音霊場の第一番札所であり津軽真言五山の一つに数えられる。伝承では8世紀末頃の開創とされ、1191年に現在地へ移されたのち、1619年に弘前藩によって堂舎が再建されたという歴史を持つ。境内には円山応挙の筆と伝わる幽霊画「返魂香之図」が所蔵され、旧暦5月18日の正午前後にのみ公開される。また境内には200体を超える観音像が並んでいるが、これはかつて周辺で発生した土砂崩れの犠牲者を慰霊するために建立されたと説明されている。この供養の由来が、境内で語られる怪異譚の背景として結び付けられることがある。具体的な噂としては、境内に設置された公衆電話が突然鳴り出す、応答すると身に良くないことが起こる、電話ボックス内で撮影した写真に異変が写るといった話がある。ほかにも山門から本堂へ続く227段の石段のどこかに手形が残っており、それを踏むと不運に見舞われるという話や、境内の池に自分の顔を映すと死に顔が見えるという話が伝わっている。

神域・霊場

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弘前市のすべてのスポット

厳鬼山源泉スペース21(スペース21)
廃墟・残骸·青森県 弘前市

厳鬼山源泉スペース21(スペース21)

青森県弘前市百沢、岩木山山麓に位置する廃墟。厳鬼山源泉を利用した温泉宿泊施設として1985年前後に開業し、当初は「熊のやかた」の名で知られ、大浴場や大広間を備え歌謡ショーなどの催しも行われていたという。1990年代後半には経営難により閉業し、その後医療関連法人による事業再生も試みられたが定着せず、「スペース21」の名を残したまま建物は放置されるに至った。経営難の末に当時の経営者が死亡したとの噂が広まり、以後、本館2階の浴室では冷気や水音、足音といった気配が、別館の奥の部屋では人影のような姿や低いつぶやき声が報告されるなど、廃墟・怪談系サイトで具体的な体験談として複数紹介されている。施設内では機械が勝手に動き出すという噂や、女性の霊が現れるという噂も伝わる。取り壊しに着手した際には作業中の事故や機械の故障が相次いだため工事が中断し、この事故で亡くなった作業員の霊が現れるという新たな噂も加わったという。一方で、こうした噂の出典や根拠を明示できるものは確認できず、施設を紹介するサイトの中には「心霊スポットの噂は事実無根」と注記するものもある。老朽化が進み床や壁に大きな損壊が見られる現在も、この建物は青森県内で名の知られた廃墟のひとつとして扱われ、廃墟愛好家の訪問先としても知られている。

旧津軽廃城山砦跡
山道・峠·青森県 弘前市

旧津軽廃城山砦跡

青森県弘前市の山上に残る廃砦は、戦国期に津軽地域を支配していた在地武士が築いた防御施設の遺構である。津軽統一を推し進めた津軽為信が1590年に豊臣秀吉から領地統治の許可を得た後、地域の有力武士たちを段階的に傘下に収めていった過程で、こうした小規模な砦は次々と廃城化していった。為信が1594年に堀越城へ拠点を移すと、旧来の砦跡はその役割を失い、放置されるようになった。 現在、遺構として残っているのは空堀と土塁、朽ちた木柵の痕跡など、当時の防御構造を示す物理的な痕跡のみである。堀越城の発掘調査で確認された複数の防御層や木橋跡といった構造から、戦国期の山城がどのように機能していたかを推測することができる。冬季の積雪に覆われ、雪解け後に姿を見せる遺構は、その単調で暗い地形と相まって、来訪者に歴史的な記憶を喚起させやすい環境にある。

心霊の沼
水辺·青森県 弘前市

心霊の沼

弘前市の郊外にある沼。地元では怖い場所として知られている。 投稿では、地元の学校では昔から怖い場所として語り継がれており、実際に訪問した者からは「二度と行かない」という感想が寄せられている。また夜間に周辺を通りかかった際に奇妙な現象が目撃されたという報告もある。 沼の周辺は私有地と国有林が混在し、夜間の訪問は滑落、低体温症、野生動物との接触のリスクが高い。沼への接近は深さや水温による事故の危険がある。

久渡寺
神域・霊場·青森県 弘前市

久渡寺

久渡寺は青森県弘前市坂元に位置する真言宗智山派の古刹で、津軽三十三観音霊場の第一番札所であり津軽真言五山の一つに数えられる。伝承では8世紀末頃の開創とされ、1191年に現在地へ移されたのち、1619年に弘前藩によって堂舎が再建されたという歴史を持つ。境内には円山応挙の筆と伝わる幽霊画「返魂香之図」が所蔵され、旧暦5月18日の正午前後にのみ公開される。また境内には200体を超える観音像が並んでいるが、これはかつて周辺で発生した土砂崩れの犠牲者を慰霊するために建立されたと説明されている。この供養の由来が、境内で語られる怪異譚の背景として結び付けられることがある。具体的な噂としては、境内に設置された公衆電話が突然鳴り出す、応答すると身に良くないことが起こる、電話ボックス内で撮影した写真に異変が写るといった話がある。ほかにも山門から本堂へ続く227段の石段のどこかに手形が残っており、それを踏むと不運に見舞われるという話や、境内の池に自分の顔を映すと死に顔が見えるという話が伝わっている。