
人形峠
鳥取県三朝町と岡山県鏡野町の境にある人形峠は、江戸時代には打札越と呼ばれた峠道の一つだった。峠の名は、旅人を襲っていた巨大な蜘蛛を、木地師が作った人形を囮にして退治したという伝説に由来するとされる。別の伝えでは、濃い霧の中で母と娘が離れ離れになり、霧が晴れた後には娘の姿はなく、女の子によく似た人形だけが残されていたともいう。1955年にはこの一帯でウラン鉱床が発見され、峠の名は現在の「人形峠」に定着し、後にウラン鉱山として開発が進められた。1981年には人形トンネルが開通し、旧道の通行は少なくなっている。こうした歴史を背景に、旧道では全身がずぶ濡れで顔が潰れた女性の姿を見たという噂や、周囲に人家のない山中で赤子の泣き声が響くという話、持ち主のいない小さな靴だけがことこと歩く音を聞いたという噂が伝えられている。

