鳥取県水辺系 心霊スポット

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鳥取県の心霊文化

日本海に面し中国山地を背負う鳥取県は、神話と砂と海風が交わる県である。風紋うねる広大な鳥取砂丘の彼方、出雲神話に連なる八岐大蛇伝承を残す山々、戦国期の鳥取城渇え殺し——羽柴秀吉の苛烈な兵糧攻めで人肉まで食らったという凄惨な落城の記憶、そして霊峰・大山の修験信仰が抱える深い霊気を、山陰の冷たい風が今も運んでくる。

水辺という場所

湖沼や淵は龍神を宿す聖域とされ、同時に水底へ人を引き込む境界でもあった。入水・水難・ダムに沈んだ集落の記憶が水面下に堆積し、河童や船幽霊として語り継がれてきた。鏡のように凪いだ水面ほど、深い沈黙の中で何かを映している。

水辺·鳥取県 西伯郡大山町

赤松の池

鳥取県西伯郡大山町大山赤松にある赤松の池は、大山の湧水を集めた池で、干ばつの年でも水が涸れないとされ、古くから水神・龍神を祀る場として知られる。池畔に建つ赤松池神社に伝わるのは、松江藩に仕えた家老が子を望んで祈願し授かった娘「お初」の物語である。お初は藩主に嫁ぐことになった際、その前に池を訪れて髪をすいたところ髪が見る間に伸び、池の中心へ引き込まれるように沈んだという。驚いた家来が呼びかけると、腰から下が大蛇の姿となった娘が現れ、自らこの池に棲む大蛇であったことを明かし、祈る者に幸福を授けると告げて水中に消えたと伝えられる。以来、池は龍神信仰の対象となり、雨乞いの祈願で遠方からも参拝者が訪れる。一方でこの伝説とは別に、池の周辺で女性の笑い声が聞かれたり、水に濡れた男女の姿が目撃されたという話も語られており、心霊スポットとして紹介されることがある。

日吉津村の海岸の漂着霊
水辺·鳥取県 西伯郡日吉津村

日吉津村の海岸の漂着霊

鳥取県西部の日吉津村は日野川河口に隣接し、日本海に面した砂浜の広がる平坦な地域である。この海岸は山陰地方に特有の冬季北西季節風の影響を受けやすく、寒冷期には沖合の波が極めて荒くなる環境にある。 江戸時代の1703年、元禄16年には日野川の大洪水が発生し、この一帯の集落を流し、住民の多くが離散した。以来、この海岸は水と人の暮らしの接点として、水難の記憶を伝える場所となってきた。 現代も海岸は遊泳禁止に指定されており、離岸流や高波による溺水の危険性が常時存在する。嵐の翌朝に漂着物が打ち上げられることは多く、海と隣り合う村落の宿命として、悲劇的な出来事が何度も繰り返されてきた。こうした自然環境と歴史的記憶が、浜辺に対する畏敬と悼みの感覚を根付かせた。

多鯰ヶ池
水辺·鳥取県 鳥取市

多鯰ヶ池

多鯰ヶ池は鳥取砂丘の南に隣接し、周囲約3.4キロ、最深部15メートルを超える中国地方屈指の深さを持つ池である。池の北岸には弁天宮が祀られ、白蛇に姿を変えた娘「お種」の伝説が伝わる。長者に雇われたお種という娘が、ある時から使用人にどこからか手に入れた甘い柿を振る舞うようになったが、不思議に思った使用人が後をつけたところ、池の畔で着物を脱いで白蛇に変身する姿を目撃されてしまい、それ以降屋敷に姿を見せなくなったという物語である。一方で、明治後期にこの地に置かれた歩兵第四十連隊が池周辺で軍事訓練を行っていたとされ、訓練中に複数の兵士が溺死する事故が起きたという噂も広まっている。この事故譚と結びつく形で、一人で池を訪れると水中から手を引かれるように感じる、耳元で複数の声が聞こえる、大きな白蛇の抜け殻が見つかったなど、さまざまな体験が伝えられている。ただし軍事訓練中の集団溺死事故を裏付ける記録は確認されておらず、真偽は不明とされる。

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