
船上山
鳥取県東伯郡琴浦町にある標高687メートルの山。1333年、隠岐を脱出した後醍醐天皇を名和長年が迎え入れ、鎌倉幕府軍との間で船上山の戦いが繰り広げられた古戦場である。幕府軍は夕刻に発生した暴風雨による混乱のなかで名和軍の襲撃を受け、多数の兵が断崖から転落したとされる。山上には後醍醐天皇の行宮跡や船上神社があり、麓には県立船上山少年自然の家が設けられている。この一帯では、甲冑姿の武士の霊や生首が霧の中に浮かぶという噂が古くから伝わる。登山道を外れた斜面から足音が聞こえたという証言や、山中で佇む人影に声をかけても返事がなく霧の中に消えたという証言も伝えられている。少年自然の家では夜間に木々の間に苦悶の表情を浮かべた落ち武者の生首が浮かんで見えたという話があり、霊感の強い人ほど目撃しやすいとも言われる。館内には近づいてはいけないとされる一室があり、以前は御札が貼られていたとの情報や、深夜に低い話し声やドアを叩くような音が聞こえるという報告もある。学校行事で宿泊した際に夜中に太鼓や笛の音を耳にしたという証言も残るが、同じ部屋にいても聞こえた者と聞こえなかった者がいたとされる。こうした噂は複数の心霊スポット紹介サイトで繰り返し取り上げられており、鳥取県内でも古くから知られる心霊スポットの一つとなっている。
