
旧鬼ヶ城トンネル
三重県熊野市木本町の海岸線に、鬼ヶ城という景勝地がある。荒波と風雨が長い時間をかけて削り上げた海食洞窟と海食崖が連続する、独特の地形が観光名所として知られる。国の名勝及び天然記念物に指定され、また「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一部として2004年に世界文化遺産にも登録されている。 鬼ヶ城の名は、平安初期の伝承に由来する。熊野灘を荒らした海賊「多娥丸(たがまる)」を、坂上田村麻呂が朝廷の命で討伐した、という説話が地元に伝わる。鬼を退治して住民を守ったという伝承が、岬の名前の由来となった。坂上田村麻呂は実在の人物で、平安初期に蝦夷征討で活躍した武人だが、熊野での鬼退治伝承は説話文学の領域に属する。 鬼ヶ城の海岸線は、長く陸上交通の難所だった。熊野街道はこの一帯では岩山を回り込むか、岬を貫くトンネルを掘るしかない地形である。1959年(昭和34年)、国道311号の前身となる県道のルートとして、鬼ヶ城を貫通するトンネルが開削された。これが旧鬼ヶ城トンネルである。延長は短く、両坑門は装飾性の少ないコンクリート造である。 旧道のトンネルは、新道整備に伴って役目を終え、現在は熊野市の遊歩道の一部として活用されている。海岸線の景勝地・鬼ヶ城へのアプローチコースの途中にあり、徒歩で通過可能。内部は照明が設置されているが、湿気と波しぶきによる結露が床面に水たまりを作るため、注意が必要。 世界遺産登録後、鬼ヶ城周辺の遊歩道は熊野市と三重県によって順次整備が進んだ。鬼ヶ城センター(観光案内所兼物産販売施設)が登山口にあり、地元の漁師町の風景と熊野古道の文化を併せて楽しめる。 波の状況によっては、海食洞窟側の遊歩道に高波が直接当たる場合があり、強風時・荒天時は一部区間が立入禁止になる。訪問前には熊野市の観光協会公式サイトで安全情報の確認が推奨される。


