
旧宮崎廃海軍基地跡
宮崎県宮崎市の現在の宮崎ブーゲンビリア空港一帯には、太平洋戦争中に旧日本海軍が建設した赤江飛行場の遺構が残されている。1943年に練習航空隊の基地として開設された当地は、翌1944年からは九州最大級の前線基地として機能し、3本の滑走路を持つ大規模な施設だった。1945年3月から終戦までの間、約380人の特攻隊員がここから出撃した。 現在、宮崎空港の周辺部には複数の掩体壕(えんたいごう)が存在している。特に本郷地区に散在する6基のコンクリート製掩体壕は、航空機を空襲から守るために戦中に構築された施設であり、終戦から80年以上経た今も、その直線的な輪郭を保ったまま草地に埋もれている。基地跡の北西から南東方向へ走っていた滑走路の痕跡も部分的に確認でき、西側の旧滑走路上には現在、一ツ葉有料道路が走っている。 慰霊碑が建立され、戦没者への追悼が地域に根付く場所として扱われている。

