
仏舎利塔(紫波洲崎城址)
仏舎利塔は宮崎市南部の折生迫、青島の南に隣接する城山公園の山頂に建つ仏塔である。この地はかつて紫波洲崎城の本丸があった場所で、室町時代に長井氏が築いた城は伊東氏四十八城の一つとされ、以後は伊東氏と島津氏による争奪の舞台となった。1480年に島津方が一時奪取したが伊東氏が奪還し、1577年に伊東義祐が豊後へ逃れた後は島津方の上井薫兼が城主を務めた。1587年の豊臣秀吉による九州征伐後は再び伊東氏の所領に戻り、江戸時代の一国一城令により廃城となった。1972年、インドのネルー首相から贈られた仏舎利を納めるため、旧本丸跡に高さ21メートルの仏舎利塔が建立された。この城跡には、戦で命を落とした武士の霊が甲冑姿で目撃されるという噂があり、塔の周辺では女性の霊の目撃談も伝えられている。塔の周りを歩くと後ろから足音が一つ多く聞こえるという体験も複数のサイトで報告されている。近隣には強盗による事件があったとされる廃屋の噂も付随しているが、こちらは裏付けとなる記録が確認されておらず、宮崎県内の別の仏舎利塔(日向市)にまつわる話と混同されている可能性も指摘されている。