
平和台公園
宮崎市下北方町の丘陵地に整備された都市公園で、園内には1940年に紀元二千六百年記念事業として完成した高さ36メートル余りの「平和の塔」がそびえる。塔は当初「八紘之基柱」と呼ばれ、正面には秩父宮雍仁親王の筆による「八紘一宇」の文字が刻まれていた。終戦後、GHQの指示で文字と四隅の像が撤去され、1960年代になって復元された経緯を持つ。園内のはにわ園には多数の埴輪が並び、深夜になると埴輪が動き出したり目が光るという噂が伝えられている。平和の塔の周辺では女性の霊が目撃されるとの話があり、園内の池では入水した女性の霊が現れるという話も語られている。戦争で亡くなった人々を慰霊する目的で整備された経緯から、戦死者の霊が成仏できずにいるとする説や、終戦時に集団自殺があったという噂と結び付け、その人数分の埴輪が置かれているとする話も伝えられている。はにわ園に並ぶ埴輪は400体余りとされ、目撃談では深夜に目が光ったり首が動いたりするといった現象が伝えられている。平和の塔周辺で目撃される女性の霊に関しては、遭遇すると体が動かなくなったり頭痛に見舞われたりするという体験談も伝えられている。園内の池では女性のすすり泣くような声が夜間に聞こえるとの報告もあり、入水した霊の話とあわせて語られている。これらの噂は複数の心霊情報サイトで取り上げられ、戦争慰霊の性格を持つ塔と人の姿を模した埴輪という組み合わせが怪談として定着しやすい要因になっているとみられる。公園自体は現在も日中は一般開放されており、立入禁止等の措置は特に取られていないが、夜間は人通りが少なくなることが噂の繰り返される背景になっている。
