宮崎県公園・城址系 心霊スポット

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宮崎県の心霊文化

神武東征の出発地として日本神話の舞台を担う宮崎は、天孫降臨の地・高千穂を擁する古層の国である。岩戸隠れの伝承が今も残る高千穂峡と天岩戸神社、海蝕でできた青島の鬼の洗濯板、西都原台地に並ぶ三百を超える古墳群——神々と王の墳墓が連なる日向の地は、夜になると神話と幽冥の境がほどけ、古代の風が南国の闇をそっと吹き抜けていく。

公園・城址という場所

城址や古戦場の上に整備された公園は、笑い声の下に幾百年の血を埋蔵する二重の地である。落城の悲劇、戦国の戦死者、処刑された武将の無念が、芝生や桜並木の根に絡みつく。行楽地化された静けさほど、地の底のざわめきを際立たせる。

平和台公園
公園・城址·宮崎県 宮崎市

平和台公園

宮崎市下北方町の丘陵地に整備された都市公園で、園内には1940年に紀元二千六百年記念事業として完成した高さ36メートル余りの「平和の塔」がそびえる。塔は当初「八紘之基柱」と呼ばれ、正面には秩父宮雍仁親王の筆による「八紘一宇」の文字が刻まれていた。終戦後、GHQの指示で文字と四隅の像が撤去され、1960年代になって復元された経緯を持つ。園内のはにわ園には多数の埴輪が並び、深夜になると埴輪が動き出したり目が光るという噂が伝えられている。平和の塔の周辺では女性の霊が目撃されるとの話があり、園内の池では入水した女性の霊が現れるという話も語られている。戦争で亡くなった人々を慰霊する目的で整備された経緯から、戦死者の霊が成仏できずにいるとする説や、終戦時に集団自殺があったという噂と結び付け、その人数分の埴輪が置かれているとする話も伝えられている。はにわ園に並ぶ埴輪は400体余りとされ、目撃談では深夜に目が光ったり首が動いたりするといった現象が伝えられている。平和の塔周辺で目撃される女性の霊に関しては、遭遇すると体が動かなくなったり頭痛に見舞われたりするという体験談も伝えられている。園内の池では女性のすすり泣くような声が夜間に聞こえるとの報告もあり、入水した霊の話とあわせて語られている。これらの噂は複数の心霊情報サイトで取り上げられ、戦争慰霊の性格を持つ塔と人の姿を模した埴輪という組み合わせが怪談として定着しやすい要因になっているとみられる。公園自体は現在も日中は一般開放されており、立入禁止等の措置は特に取られていないが、夜間は人通りが少なくなることが噂の繰り返される背景になっている。

飫肥城廃墟区域
公園・城址·宮崎県 日南市

飫肥城廃墟区域

飫肥城は宮崎県日南市の城下町中心部に位置する江戸期の城跡である。天正15年(1587)に伊東祐兵が豊臣秀吉から領地を与えられて以来、伊東氏14代が1871年の廃藩まで支配した。城域は東西750メートル、南北500メートルの規模を有し、シラス台地の段差を活かした複数の曲輪で構成されている。 現在、本丸跡、大手門、旧藩校振徳堂(天保2年開校)といった施設は復元・整備されて公開されている一方で、城域の外縁部には石垣の崩落や雑草地が残存している。これらの手つかずの領域は、活発に保存整備される中心部と対照的に、訪問客の少ない静謐な空間を形成している。1977年に九州で初めて重要伝統的建造物群保存地区に指定され、城下町全体が歴史的景観として位置づけられている。

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