
真田邸跡
山梨県甲府市に現存する真田邸跡は、戦国時代に甲斐の武田家に仕えた真田氏の一族が居住していたとされる屋敷の遺構である。真田幸綱は武田信玄の配下として「武田二十四将」に数えられ、その子・昌幸は天文22年(1553年)7歳で甲斐へ人質として下り、武田信玄の側近衆として約20年間を甲府で過ごした。昌幸は信玄の信頼を得て足軽大将から奉行人へと昇進し、甲府での長期滞在を通じて戦国大名の統治術を学んだ。邸跡周辺は甲府の城下町整備に際して武田家臣団の屋敷地が集中した地域であり、石垣の断片や土塁の痕跡が現在も地層に残されている。この地で培われた経験は、昌幸が後年、独立した大名として信州に君臨する基盤となった。邸跡はネット上で心霊現象の報告を受けることがあるが、目撃談は一般化・形式化されたもので、実質的な根拠の確認は難しい。

