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品川区の心霊スポット

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品川区の人気スポット TOP2

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ゆうれい坂(南品川)

品川区南品川五丁目、大井町駅の近くにある坂道。ゼームス坂と仙台坂に挟まれた狭い道で、途中でクランク状に折れ曲がっており見通しが悪い。坂の全長は80メートルほどで、上からも下からも途中の曲がり角までしか見通せない構造になっている。品川区の公式資料によれば、かつて坂の両側に大きな木々が生い茂り、昼間でも薄暗く、夜間は人通りが絶えて寂しい場所だったことから「ゆうれい坂」の名がついたとされる。負の響きを避けるためか、近年は地元で「ニコニコ坂」という別称で呼ばれることもあり、周辺が住宅地化した現在は往時のような暗く寂しい雰囲気は薄れているという。一方、インターネット上の一部の心霊スポット紹介記事では、この名称の由来をかつて起きたとされる連続殺人事件に結びつける説が取り上げられており、霊感が強い人には何かが見えるという噂も伝えられている。坂をモチーフにしたホラー小説「ゼームス坂から幽霊坂」(吉村達也著、2001年刊)も出版されており、庭に埋めた妻の遺体とは別に、生前と変わらぬ様子の妻が家に現れるという筋立てで、地名の持つ不気味な響きが創作の題材にもなっている。

路上・交差点
2

白金トンネル

品川区上大崎に位置する古いトンネルで、心霊スポットとして知られている。目黒駅からほど近い閑静な住宅地に存在する。 このトンネルが心霊現象と結びつく背景には、周辺の複雑な土地利用の歴史が存在する。太平洋戦争前の1909年、この一帯には旧日本陸軍の衛生材料廠が置かれていた。1923年の関東大震災で被災した海軍大学校は、1932年にこの跡地へ移転。その後、敗戦による施設転換を経て、1955年には国立予防衛生研究所が同地に移転してきた。この研究所は1992年に新宿区戸山へ移転するまで、37年間この場所に存在していた。 心霊伝説の多くは、この研究所での活動に由来する。一般に「動物実験」あるいは「人体実験が行われていた」という噂が伝播しており、これが霊現象の根拠とされてきた。研究所の実際の業務は感染症やウイルス研究、寄生動物研究など公開されている学術活動であるが、軍医学校の前歴と高度な研究内容が、想像の領域で膨張していった可能性が高い。 報告される現象としては、トンネル内を走行中に女性の幽霊が出現する、フロントガラスに手形が付く、バックミラーに老婆の顔が映り込むといった事例がある。ネット上では、トンネル中間地点での浮遊する女性像や、出口付近での霊の影といった目撃談が共有されている。また、カーブが多く薄暗いトンネルであることから、実際に交通事故が多発しており、これが超自然的解釈を促す要因となっているとも考えられる。 トンネルの物理的特性――古い建造物、人気の少ない側道、限定的な照明――と、その土地に積み重ねられた軍事・研究施設の歴史が相互作用することで、不可視の領域へ人々の想像力を向けさせる装置として機能している。研究所が移転した現在でも、かつての用途に基づく心霊伝説は保存・伝播され続けている。

隧道・トンネル

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ゆうれい坂(南品川)

品川区南品川五丁目、大井町駅の近くにある坂道。ゼームス坂と仙台坂に挟まれた狭い道で、途中でクランク状に折れ曲がっており見通しが悪い。坂の全長は80メートルほどで、上からも下からも途中の曲がり角までしか見通せない構造になっている。品川区の公式資料によれば、かつて坂の両側に大きな木々が生い茂り、昼間でも薄暗く、夜間は人通りが絶えて寂しい場所だったことから「ゆうれい坂」の名がついたとされる。負の響きを避けるためか、近年は地元で「ニコニコ坂」という別称で呼ばれることもあり、周辺が住宅地化した現在は往時のような暗く寂しい雰囲気は薄れているという。一方、インターネット上の一部の心霊スポット紹介記事では、この名称の由来をかつて起きたとされる連続殺人事件に結びつける説が取り上げられており、霊感が強い人には何かが見えるという噂も伝えられている。坂をモチーフにしたホラー小説「ゼームス坂から幽霊坂」(吉村達也著、2001年刊)も出版されており、庭に埋めた妻の遺体とは別に、生前と変わらぬ様子の妻が家に現れるという筋立てで、地名の持つ不気味な響きが創作の題材にもなっている。

白金トンネル
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白金トンネル

品川区上大崎に位置する古いトンネルで、心霊スポットとして知られている。目黒駅からほど近い閑静な住宅地に存在する。 このトンネルが心霊現象と結びつく背景には、周辺の複雑な土地利用の歴史が存在する。太平洋戦争前の1909年、この一帯には旧日本陸軍の衛生材料廠が置かれていた。1923年の関東大震災で被災した海軍大学校は、1932年にこの跡地へ移転。その後、敗戦による施設転換を経て、1955年には国立予防衛生研究所が同地に移転してきた。この研究所は1992年に新宿区戸山へ移転するまで、37年間この場所に存在していた。 心霊伝説の多くは、この研究所での活動に由来する。一般に「動物実験」あるいは「人体実験が行われていた」という噂が伝播しており、これが霊現象の根拠とされてきた。研究所の実際の業務は感染症やウイルス研究、寄生動物研究など公開されている学術活動であるが、軍医学校の前歴と高度な研究内容が、想像の領域で膨張していった可能性が高い。 報告される現象としては、トンネル内を走行中に女性の幽霊が出現する、フロントガラスに手形が付く、バックミラーに老婆の顔が映り込むといった事例がある。ネット上では、トンネル中間地点での浮遊する女性像や、出口付近での霊の影といった目撃談が共有されている。また、カーブが多く薄暗いトンネルであることから、実際に交通事故が多発しており、これが超自然的解釈を促す要因となっているとも考えられる。 トンネルの物理的特性――古い建造物、人気の少ない側道、限定的な照明――と、その土地に積み重ねられた軍事・研究施設の歴史が相互作用することで、不可視の領域へ人々の想像力を向けさせる装置として機能している。研究所が移転した現在でも、かつての用途に基づく心霊伝説は保存・伝播され続けている。