熊本県

阿蘇市の心霊スポット

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阿蘇市の人気スポット TOP3

1

阿蘇山中岳火口

熊本県阿蘇市と阿蘇郡南阿蘇村にまたがる阿蘇山は、東西18キロメートル、南北25キロメートル、周囲約120キロメートルに及ぶ世界最大級のカルデラ地形である。カルデラ内の中央部に5つの火口丘(高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳)が連なり、そのうち中岳(標高1,506メートル)が現在の活火山で、火山学的観測と防災管理が常時続けられている。 阿蘇火山の活動史は古く、最も古い大規模噴火は約27万年前に始まる。現在の中岳第一火口は中世から記録に残る活発な活動を続けており、九州の歴史と密接に結びついた火山である。明治期以降、気象庁および地元自治体の継続観測により、噴火活動と災害履歴が体系的に記録されてきた。 観光地としての中岳火口は、1958年(昭和33年)の阿蘇登山道路(阿蘇パノラマライン)と阿蘇山ロープウェー開通以降、年間100万人を超える観光客が訪れる火口見学スポットに発展した。火口縁から立ち上る噴煙と、火口湖の青緑色の様子は、世界的にも珍しい活火山の観察体験として知られる。 一方で中岳の噴火活動は度々観光客を巻き込む災害を引き起こしてきた。気象庁の災害記録によれば、1953年4月(修学旅行生など6名死亡)、1958年6月(12名死亡)、1979年9月(3名死亡)、そして近年では2014年から2015年にかけてマグマ噴火が発生し、火口周辺立入規制が長期化した。 気象庁は阿蘇火山に対し噴火警戒レベル制度を運用しており、レベル1(活火山であることに留意)からレベル5(避難)まで段階的に設定される。レベル2以上では火口周辺1キロメートルまたは2キロメートル範囲が立入禁止となり、ロープウェー山頂駅も閉鎖される。訪問前には必ず気象庁の阿蘇山火山情報と阿蘇火山防災会議協議会の最新情報を確認する必要がある。 2016年4月の熊本地震では阿蘇山ロープウェーが甚大な被害を受け、その後は阿蘇山公園道路(草千里方面から火口へ向かう自動車道)が観光のメインアクセスとなっている。火山ガス(二酸化硫黄)の濃度が高い日や、ぜんそく等の呼吸器疾患のある来訪者には、火口立入を控えるよう案内が出る。

山道・峠
2

白岩孤児院

白岩孤児院は、戦後復興期から高度経済成長期にかけて熊本県阿蘇地域の児童を養護した施設である。第二次大戦後、戦争孤児の激増を背景に日本各地で孤児院が相次いで設立されたが、1947年の児童福祉法制定に伴い、孤児院は「養護施設」へと名称変更された。1950年代以降、戦争孤児の数が減少する一方、身体障害や虐待など複合的な事由を持つ児童を対象とする施設へと性格が変わっていった。白岩孤児院も、この全国的な制度移行の過程で、阿蘇外輪山の豊かな自然環境に位置する施設として、地域のこうした児童の養護を担当してきたと考えられる。1970年代は、経済社会の安定に伴い、児童養護施設の利用児童数が全国的に減少していった時期であり、白岩孤児院の閉鎖もこのような全国的な施設整理の動きの一環であったと推察される。施設跡地は現在、かつての営みを伝える遺構として阿蘇地域に存在し、社会福祉史の重要な証跡となっている。

廃墟・残骸
3

阿蘇山・火口

熊本県阿蘇市の阿蘇山は、およそ27万年前から90万年前にかけて四度の大規模な火砕流噴火によって、東西18キロメートル、南北25キロメートルの巨大なカルデラを形成した。カルデラ内部の中央火口丘群の中で、中岳は現在も活動を続ける最も重要な火口である。中岳には南北に連なる七つの火口があり、最初の記録は6世紀の553年にさかのぼる。以来、噴火の記録は古文書に連綿と記されてきた。 中岳火口からは火山活動に伴い二酸化硫黄などの火山ガスが常時流出し、風向によって周辺に流散する。気象庁と熊本県の警戒レベルシステムにより、火口周辺は通常1キロメートル程度の規制が敷かれており、硫化水素や二酸化硫黄の濃度に応じてさらに厳しく制限される。火山ガスは生理的な反応を引き起こす物質であり、気分不良や呼吸困難の事例が報告されている。 古来より阿蘇山の火口は聖地とされ、現在の阿蘇神社は2000年以上前から火口をご神体として祀ってきた。火口に張られた水を「神池」と呼び、山上宮は火口を直接遥拝する拝殿として配置されている。年間を通じて祭礼が行われ、6月上旬には火口の平穏を願う「火口鎮祭」が営まれている。

山道・峠

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阿蘇市のすべてのスポット

阿蘇山中岳火口
山道・峠·熊本県 阿蘇市

阿蘇山中岳火口

熊本県阿蘇市と阿蘇郡南阿蘇村にまたがる阿蘇山は、東西18キロメートル、南北25キロメートル、周囲約120キロメートルに及ぶ世界最大級のカルデラ地形である。カルデラ内の中央部に5つの火口丘(高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳)が連なり、そのうち中岳(標高1,506メートル)が現在の活火山で、火山学的観測と防災管理が常時続けられている。 阿蘇火山の活動史は古く、最も古い大規模噴火は約27万年前に始まる。現在の中岳第一火口は中世から記録に残る活発な活動を続けており、九州の歴史と密接に結びついた火山である。明治期以降、気象庁および地元自治体の継続観測により、噴火活動と災害履歴が体系的に記録されてきた。 観光地としての中岳火口は、1958年(昭和33年)の阿蘇登山道路(阿蘇パノラマライン)と阿蘇山ロープウェー開通以降、年間100万人を超える観光客が訪れる火口見学スポットに発展した。火口縁から立ち上る噴煙と、火口湖の青緑色の様子は、世界的にも珍しい活火山の観察体験として知られる。 一方で中岳の噴火活動は度々観光客を巻き込む災害を引き起こしてきた。気象庁の災害記録によれば、1953年4月(修学旅行生など6名死亡)、1958年6月(12名死亡)、1979年9月(3名死亡)、そして近年では2014年から2015年にかけてマグマ噴火が発生し、火口周辺立入規制が長期化した。 気象庁は阿蘇火山に対し噴火警戒レベル制度を運用しており、レベル1(活火山であることに留意)からレベル5(避難)まで段階的に設定される。レベル2以上では火口周辺1キロメートルまたは2キロメートル範囲が立入禁止となり、ロープウェー山頂駅も閉鎖される。訪問前には必ず気象庁の阿蘇山火山情報と阿蘇火山防災会議協議会の最新情報を確認する必要がある。 2016年4月の熊本地震では阿蘇山ロープウェーが甚大な被害を受け、その後は阿蘇山公園道路(草千里方面から火口へ向かう自動車道)が観光のメインアクセスとなっている。火山ガス(二酸化硫黄)の濃度が高い日や、ぜんそく等の呼吸器疾患のある来訪者には、火口立入を控えるよう案内が出る。

白岩孤児院
廃墟・残骸·熊本県 阿蘇市

白岩孤児院

白岩孤児院は、戦後復興期から高度経済成長期にかけて熊本県阿蘇地域の児童を養護した施設である。第二次大戦後、戦争孤児の激増を背景に日本各地で孤児院が相次いで設立されたが、1947年の児童福祉法制定に伴い、孤児院は「養護施設」へと名称変更された。1950年代以降、戦争孤児の数が減少する一方、身体障害や虐待など複合的な事由を持つ児童を対象とする施設へと性格が変わっていった。白岩孤児院も、この全国的な制度移行の過程で、阿蘇外輪山の豊かな自然環境に位置する施設として、地域のこうした児童の養護を担当してきたと考えられる。1970年代は、経済社会の安定に伴い、児童養護施設の利用児童数が全国的に減少していった時期であり、白岩孤児院の閉鎖もこのような全国的な施設整理の動きの一環であったと推察される。施設跡地は現在、かつての営みを伝える遺構として阿蘇地域に存在し、社会福祉史の重要な証跡となっている。

阿蘇山・火口
山道・峠·熊本県 阿蘇市

阿蘇山・火口

熊本県阿蘇市の阿蘇山は、およそ27万年前から90万年前にかけて四度の大規模な火砕流噴火によって、東西18キロメートル、南北25キロメートルの巨大なカルデラを形成した。カルデラ内部の中央火口丘群の中で、中岳は現在も活動を続ける最も重要な火口である。中岳には南北に連なる七つの火口があり、最初の記録は6世紀の553年にさかのぼる。以来、噴火の記録は古文書に連綿と記されてきた。 中岳火口からは火山活動に伴い二酸化硫黄などの火山ガスが常時流出し、風向によって周辺に流散する。気象庁と熊本県の警戒レベルシステムにより、火口周辺は通常1キロメートル程度の規制が敷かれており、硫化水素や二酸化硫黄の濃度に応じてさらに厳しく制限される。火山ガスは生理的な反応を引き起こす物質であり、気分不良や呼吸困難の事例が報告されている。 古来より阿蘇山の火口は聖地とされ、現在の阿蘇神社は2000年以上前から火口をご神体として祀ってきた。火口に張られた水を「神池」と呼び、山上宮は火口を直接遥拝する拝殿として配置されている。年間を通じて祭礼が行われ、6月上旬には火口の平穏を願う「火口鎮祭」が営まれている。