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相模原市緑区の心霊スポット

4 スポット4 カテゴリ

相模原市緑区の人気スポット TOP4

1

相模湖

神奈川県相模原市緑区、相模川中流域に造成された相模ダムによってできた人造湖が相模湖である。湖面標高167メートル、満水面積3.26平方キロメートル、総貯水量約6,330万立方メートル。日本初の多目的ダム湖として、洪水調節、上水道、工業用水、発電を兼ねる目的で計画された。 ダム計画は昭和初期に始まる。神奈川県と東京府の急速な工業化・都市化に対応するため、神奈川県土木部が1938年(昭和13年)に相模川総合開発計画を策定した。建設工事は1940年(昭和15年)に着工し、第二次世界大戦の混乱を挟んで1947年(昭和22年)に完成、湛水を開始した。 建設工事には延べ約360万人の労働力が動員された。戦時下の資材難・労働力不足という背景のなか、内地の労働者だけでは到底まかなえず、当時の国家動員体制の下、朝鮮半島出身の労働者と中国人捕虜が砂利採取や運搬作業に動員された。神奈川県と当時の各事業者の記録、戦後の調査によって、朝鮮人約800名、中国人約290名の動員規模が確認されている。 工事による殉職者は確認できる範囲で83名にのぼる。神奈川県は1990年代に湖畔の県立相模湖公園内に湖銘碑を建立、戦時動員の日本人・朝鮮人・中国人の名前を刻み、毎年慰霊行事を継続している。神奈川県と相模原市の郷土資料は、当時の動員と殉職の実態を後世に伝える資料として公開されている。 ダム湖の建設に先立ち、湖底に沈んだ集落として勝瀬地区が知られる。約100戸の住民が湖底化の補償を受けて湖畔の高台や他地域へ移住した。当時の地形図、移住前後の写真、住民の証言記録は相模原市立博物館に収蔵されている。 戦後、相模湖は首都圏近郊の観光地として整備され、ボート遊覧、釣り、ピクニックで親しまれてきた。湖畔には相模湖公園、相模湖プレジャーフォレスト、勝瀬橋などがあり、JR中央本線の相模湖駅から徒歩でアクセスできる。秋には湖畔の紅葉と県境の山々の眺望が楽しめる。湖を渡る遊覧船は通年運航している。

山道・峠
2

ジェイソン村廃モーテル跡

神奈川県相模原市緑区の山中に存在した廃モーテル。1970年代から80年代の高度成長期からバブル期にかけて、相模湖周辺地域のリゾート開発ブームの一環として複数のコテージ群が建設された。当時の日本では自動車旅行の普及に伴いモーテル文化が導入されたが、次第にラブホテルのイメージが定着し、本来の宿泊施設としての利用ニーズが減少。1990年代以降、施設は経営難に陥り放置された。廃屋群が樹木や竹に覆われた風景が、映画「13日の金曜日」の殺人鬼ジェイソンのイメージと結びつき、いつしか「ジェイソン村」と称されるようになった。建物内部に営業当時の設備が残された状態での長期放置により、訪問者の間で不気味さが増幅されたと考えられる。近年の調査では、施設のほぼ全てが解体され、周辺にはバリケードが設置されている。

宿泊・居住跡
3

三井大橋

三井大橋は神奈川県相模原市緑区、津久井湖にかかる全長約212メートルの朱色の鋼製アーチ橋である。1964年、城山ダムの建設によって水没した木造の吊橋「塩民橋」に代わって架けられた橋で、対岸の集落との行き来を支えてきた。「かながわの橋100選」にも選ばれている。 一方でこの橋については、複数の心霊系サイトやブログで様々な怪異が紹介されている。湖面に浮かぶ火の玉や、水中から伸びる無数の手を目撃したという話、橋上から身を投げた人物の姿を見たという投稿などが伝えられている。特によく取り上げられるのは、車で橋を通過する際にいつの間にか後部座席に女性が乗っており、しばらくすると姿を消すという怪談で、タクシー怪談として知られる類型のひとつに分類されている。白い服を着た女性が欄干に腰掛けている姿を見たという報告や、橋の途中で人影が急に消えたとする話も見られる。これらの噂の背景には、ダム建設によって集落が湖底に沈んだという土地の歴史がしばしば結び付けられている。

橋・高架
4

津久井湖(城山ダム)

津久井湖は、相模川をせき止める城山ダムの完成に伴い1965年に姿を現した人造湖である。ダム建設では285世帯、約1400人が移転を余儀なくされ、湖底には集落や神社の跡が沈んだと伝わる。工事は地滑りや資材不足など難航を極め、13人の作業員が命を落としたとされ、現在も津久井湖城山公園内にその慰霊碑が置かれている。こうした経緯から、この湖には早くから怪異の噂が付随してきた。湖面に白い服の女性が浮かぶように現れるという話や、水面から複数の手が伸びてくるという目撃が伝えられ、湖に架かる橋の付近では、後部座席に座っていた女性が気づくと消えていたという体験も語られている。橋からの投身に関する話や、実際に水面で遺体が発見された報道も重なり、湖と橋の周辺全体が怪異の集まる場所として扱われるようになった。トンネル付近でのささやき声の報告も含め、複数の話が絡み合いながら伝えられている。

水辺

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相模湖
山道・峠·神奈川県 相模原市緑区

相模湖

神奈川県相模原市緑区、相模川中流域に造成された相模ダムによってできた人造湖が相模湖である。湖面標高167メートル、満水面積3.26平方キロメートル、総貯水量約6,330万立方メートル。日本初の多目的ダム湖として、洪水調節、上水道、工業用水、発電を兼ねる目的で計画された。 ダム計画は昭和初期に始まる。神奈川県と東京府の急速な工業化・都市化に対応するため、神奈川県土木部が1938年(昭和13年)に相模川総合開発計画を策定した。建設工事は1940年(昭和15年)に着工し、第二次世界大戦の混乱を挟んで1947年(昭和22年)に完成、湛水を開始した。 建設工事には延べ約360万人の労働力が動員された。戦時下の資材難・労働力不足という背景のなか、内地の労働者だけでは到底まかなえず、当時の国家動員体制の下、朝鮮半島出身の労働者と中国人捕虜が砂利採取や運搬作業に動員された。神奈川県と当時の各事業者の記録、戦後の調査によって、朝鮮人約800名、中国人約290名の動員規模が確認されている。 工事による殉職者は確認できる範囲で83名にのぼる。神奈川県は1990年代に湖畔の県立相模湖公園内に湖銘碑を建立、戦時動員の日本人・朝鮮人・中国人の名前を刻み、毎年慰霊行事を継続している。神奈川県と相模原市の郷土資料は、当時の動員と殉職の実態を後世に伝える資料として公開されている。 ダム湖の建設に先立ち、湖底に沈んだ集落として勝瀬地区が知られる。約100戸の住民が湖底化の補償を受けて湖畔の高台や他地域へ移住した。当時の地形図、移住前後の写真、住民の証言記録は相模原市立博物館に収蔵されている。 戦後、相模湖は首都圏近郊の観光地として整備され、ボート遊覧、釣り、ピクニックで親しまれてきた。湖畔には相模湖公園、相模湖プレジャーフォレスト、勝瀬橋などがあり、JR中央本線の相模湖駅から徒歩でアクセスできる。秋には湖畔の紅葉と県境の山々の眺望が楽しめる。湖を渡る遊覧船は通年運航している。

ジェイソン村廃モーテル跡
宿泊・居住跡·神奈川県 相模原市緑区

ジェイソン村廃モーテル跡

神奈川県相模原市緑区の山中に存在した廃モーテル。1970年代から80年代の高度成長期からバブル期にかけて、相模湖周辺地域のリゾート開発ブームの一環として複数のコテージ群が建設された。当時の日本では自動車旅行の普及に伴いモーテル文化が導入されたが、次第にラブホテルのイメージが定着し、本来の宿泊施設としての利用ニーズが減少。1990年代以降、施設は経営難に陥り放置された。廃屋群が樹木や竹に覆われた風景が、映画「13日の金曜日」の殺人鬼ジェイソンのイメージと結びつき、いつしか「ジェイソン村」と称されるようになった。建物内部に営業当時の設備が残された状態での長期放置により、訪問者の間で不気味さが増幅されたと考えられる。近年の調査では、施設のほぼ全てが解体され、周辺にはバリケードが設置されている。

三井大橋
橋・高架·神奈川県 相模原市緑区

三井大橋

三井大橋は神奈川県相模原市緑区、津久井湖にかかる全長約212メートルの朱色の鋼製アーチ橋である。1964年、城山ダムの建設によって水没した木造の吊橋「塩民橋」に代わって架けられた橋で、対岸の集落との行き来を支えてきた。「かながわの橋100選」にも選ばれている。 一方でこの橋については、複数の心霊系サイトやブログで様々な怪異が紹介されている。湖面に浮かぶ火の玉や、水中から伸びる無数の手を目撃したという話、橋上から身を投げた人物の姿を見たという投稿などが伝えられている。特によく取り上げられるのは、車で橋を通過する際にいつの間にか後部座席に女性が乗っており、しばらくすると姿を消すという怪談で、タクシー怪談として知られる類型のひとつに分類されている。白い服を着た女性が欄干に腰掛けている姿を見たという報告や、橋の途中で人影が急に消えたとする話も見られる。これらの噂の背景には、ダム建設によって集落が湖底に沈んだという土地の歴史がしばしば結び付けられている。

津久井湖(城山ダム)
水辺·神奈川県 相模原市緑区

津久井湖(城山ダム)

津久井湖は、相模川をせき止める城山ダムの完成に伴い1965年に姿を現した人造湖である。ダム建設では285世帯、約1400人が移転を余儀なくされ、湖底には集落や神社の跡が沈んだと伝わる。工事は地滑りや資材不足など難航を極め、13人の作業員が命を落としたとされ、現在も津久井湖城山公園内にその慰霊碑が置かれている。こうした経緯から、この湖には早くから怪異の噂が付随してきた。湖面に白い服の女性が浮かぶように現れるという話や、水面から複数の手が伸びてくるという目撃が伝えられ、湖に架かる橋の付近では、後部座席に座っていた女性が気づくと消えていたという体験も語られている。橋からの投身に関する話や、実際に水面で遺体が発見された報道も重なり、湖と橋の周辺全体が怪異の集まる場所として扱われるようになった。トンネル付近でのささやき声の報告も含め、複数の話が絡み合いながら伝えられている。