
愛川町中津川の橋上霊
神奈川県愛甲郡愛川町の中津川に架かる橋。訪問者の投稿では、スマホのカメラが勝手に起動し何枚も写真を撮っていたという報告があり、撮影された写真は全て真っ暗だったとのこと。別の投稿では、知人の体験に興味を持ち実際に訪れた際、「独特の気配を感じた」と記述されている。 中津川は愛川町を流れる生活河川で、この橋は現役の交通路である。撮影や長時間の立ち止まりは周辺の通行者や住民に影響を与える可能性があるため、訪問時は周囲への配慮が必要。
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幕末の開港地・横浜と鎌倉武士の古戦場を併せ持つ神奈川県は、海と山と異国の記憶が混じり合う土地である。三浦一族の壮絶な集団自害を伝える油壺、ダム湖底に集落と工事犠牲者を沈めた相模湖、夭折した青年の名を刻む旧善波トンネル、外国人墓地の眠る山手——戦国の海戦から近代の悲劇まで、多層の死者の声が湿った潮風に紛れて聞こえてくる。
橋は此岸と彼岸を結ぶ古来の象徴であり、川を渡れぬ霊が滞留する境界の地である。橋姫信仰、辻占、心中や身投げの哀史が欄干に刻まれ、渡る者の足音は水音と混じって異界へ届く。高架もまた、地と空の狭間に揺れる近代の橋である。

神奈川県愛甲郡愛川町の中津川に架かる橋。訪問者の投稿では、スマホのカメラが勝手に起動し何枚も写真を撮っていたという報告があり、撮影された写真は全て真っ暗だったとのこと。別の投稿では、知人の体験に興味を持ち実際に訪れた際、「独特の気配を感じた」と記述されている。 中津川は愛川町を流れる生活河川で、この橋は現役の交通路である。撮影や長時間の立ち止まりは周辺の通行者や住民に影響を与える可能性があるため、訪問時は周囲への配慮が必要。

神奈川県横浜市中区の打越橋は、1928年(昭和3年)に竣工した鋼製アーチ橋である。関東大震災(1923年)後、かつて牛島山と呼ばれた丘に多くの避難民が居住するようになり、丘の上と下の交通を確保する必要から架設された。上路式2ヒンジ鋼ランガー橋で、橋長38.4メートル、幅員7.3メートル。竣工当初は淡いピンク色に塗装されていたが、後に朱色に塗り替えられた。設計は横浜市土木局による。 設計上、当該地区周辺に居住していた外国人移住者を意識した西洋的な美的配慮が特徴で、国際都市・横浜の歴史的背景を反映した構造物である。橋下の切通し工事で生じた土砂は山下公園の造成に用いられた。1990年には「かながわの橋100選」に、2003年には横浜市認定歴史的建造物に、2015年には土木学会選奨土木遺産に認定された。 震災復興期の土木技術と、大正期の横浜における外国人居留地文化の交差を示す建造物として、都市史的価値を持つ。