
城ヶ島公園
三浦半島南端に位置する城ヶ島公園は、江戸時代後期の1808年に浦賀奉行が外国船を監視するために築いた砲台を起源とし、関東大震災後の1923年以降は東京湾要塞の一部として本格的な砲台が整備された。1926年には廃艦となった戦艦「安芸」の副砲塔2基が特殊起重機船で運び込まれて転用され、周囲は偽の民家で偽装されるとともに、地下には火薬庫や通路が構築された。1945年の終戦まで軍事施設として使われ、1958年に神奈川県立公園として開園し、1960年の城ヶ島大橋架橋以降は砲座跡の一部が駐車場や花壇に転用された。現在も園内には砲台跡や地下壕の入口が残されている。この歴史を持つ公園では、着物姿の女性が並木道や展望台付近から海を見つめている姿が目撃されるという噂がある。声をかけずに後を追うと崖の方向へ導かれるという話や、軍人らしき人影が敷地内を歩く姿を見たとする報告も伝わる。夜間には周囲に人の姿がないにもかかわらず口笛や歌声のような音、足音が聞こえたとする体験も複数のサイトで紹介されている。こうした女性の霊や気配に関する噂は複数の心霊系まとめサイトで取り上げられており、着物姿の霊が写り込んだとされる写真の話が紹介される場合もある。





