兵庫県

西宮市の心霊スポット

6 スポット5 カテゴリ

西宮市の人気スポット TOP6

1

夫婦岩(祟りの岩)

夫婦岩は兵庫県西宮市鷲林寺町(鷲林寺南町)、県道大沢西宮線の道路中央に鎮座する巨岩で、一つの岩が裂けて二つ寄り添うような形状から、鷲林寺への参詣者が夫婦円満を祈願する対象として名付けられたとされる。周辺には夫婦池・夫婦橋もあり、三つを通って寺に詣でる習わしがあったという。一方でこの岩には、動かそうとすると災いが及ぶという伝承が伴う。昭和13年(1938年)の阪神大水害後、県道拡張のため岩を爆破・撤去しようとした際、工事関係者が相次いで急死したという話が伝えられ、以降道路はこの岩を避けて分岐する形に整備された。ただし西宮市や道路管理者側にこの経緯を裏付ける記録はないとされる。岩には白狐や白蛇が棲みついているとの説もあり、上に生える木を切ろうとした者が高熱を発して亡くなったとする話も伝わる。真夜中にこの岩の上で、上半身が牛で赤い着物姿の女性が踊っていたとの目撃談や、悪戯をすると四つん這いで追いかけてくるという話も語られる。運転中に岩の方を振り返ると事故に遭う、岩を避けて反対車線を走ろうとした車のブレーキが効かなくなったといった、交通安全にまつわる噂も広まっている。こうした逸話から縁結びの岩でありながら「祟りの岩」としても知られ、2022年にはテレビのご当地紹介番組で取り上げられるなど知名度が高まり、この岩が登場する小説作品も存在する。岩は現在も道路中央に残り、行政側も移設ではなく道路線形を変える形で対応を続けている。

神域・霊場
2

盤滝トンネル

盤滝トンネルは、兵庫県西宮市山口町と宝塚市を結ぶ県道82号線の重要な通路である。1987年から4年がかりで掘削された1.7km級の山岳トンネルで、従来の山越えルートに比べて大幅に迂回距離を短縮した。工事中は地中の予期しない湧水に見舞われたが、1991年3月に開通。当初の交通量予測を大きく上回り、現在では日12,500台以上が通行する。六甲山系を貫くこのトンネルは、冬季の凍結や霧による視界不良が起こりやすく、運転時の注意が必要とされている。周囲を深い樹林に囲まれた環境であり、夜間走行時は街灯が少なく、トンネル前後の山道は急勾配である。

隧道・トンネル
3

旧福知山線廃線跡

兵庫県西宮市生瀬から宝塚市まで、武庫川渓谷に沿って約4.7キロメートルにわたり、旧国鉄福知山線の線路跡がほぼ手付かずのまま残されている。線路は撤去されたが、トンネル、橋梁、信号所跡、保線小屋などの構造物が連続して保存されており、関西エリアでは知る人ぞ知るハイキングコースとして親しまれている。 路線の歴史は明治32年(1899年)、阪鶴鉄道による池田・宝塚間の延伸開業に始まる。武庫川沿いの渓谷に断崖を貫く6つのトンネルを開削し、急峻な地形を縫って線路を通した。当時の土木技術としては相当な難工事で、機関車の排煙でトンネル内が真っ黒に汚れたまま百年近く使われ続けた。 1986年(昭和61年)8月、生瀬・道場間の電化複線化に伴って線形が大幅に変更され、武庫川沿いの旧線は廃線となった。新線は山側を貫く新しいトンネル群で短絡されている。 JR西日本は廃線跡を立入禁止としていたが、利用希望者が後を絶たないため、2016年11月に正式に遊歩道として整備して一般開放した。武田尾駅から生瀬駅まで4.7キロメートル、所要時間は約2時間。途中にある北山第一トンネル(413メートル)が最長で、内部にはまったく照明がない。各自で懐中電灯を持参する必要があり、JR西日本の公式サイトには注意事項が詳しく書かれている。 コース内には休憩できるベンチや解説板が要所に設けられている。武庫川の渓谷美と廃線探訪を同時に楽しめる希少なコースで、紅葉期の11月と新緑の5月は特に人気が高い。雨天直後は岩石崩落のおそれがあるため、JR西日本の運行情報と気象情報の事前確認が推奨されている。

隧道・トンネル
4

仁川ピクニックセンター(五ヶ池)

仁川ピクニックセンターは、1951年に阪急電鉄が甲山東麓の五ヶ池周辺を整備して開業した行楽施設で、貸しボートやハイキングコースを備え、最盛期には全国から多くの来場者が訪れたとされる。1965年ごろから利用者数は減少したが、1975年にフィールドアスレチックが整備され、1976年には植物園も開園して再び賑わいを見せた。一方で1987年5月には山菜採りに来ていた女性が知人の男から乱暴されそうになり抵抗した末に頭部を殴打されて殺害される事件が起き、1989年3月には同じ男が施設内で小学生の女児に乱暴しようとして抵抗され、頭部を地面に打ちつけて死亡させる事件も発生した。男は翌日逮捕され、1991年に無期懲役が確定している。植物園は1998年に閉園し、跡地は2003年に西宮市へ寄贈されて緑地として整備された。心霊系サイトでは、池のほとりで「息子を知りませんか」と尋ねる中年女性の声や、旧トイレ付近で子どもの泣き声が聞こえるといった話が伝えられており、池での溺死や便所での事件があったとする噂も見られるが、いずれも裏付けは確認されていない。現在は仁川広河原として水遊びや自然観察に利用される一方、池や旧施設の跡は金網や柵で囲われ立入りが制限されているとされる。

商業・遊興跡
5

福知山線廃線敷

兵庫県西宮市生瀬から宝塚市武田尾にかけて、武庫川渓谷沿いに残るJR福知山線(旧線)の廃線跡。1986年(昭和61年)の電化・複線化で新線へ切り替えられた区間で、レンガ造りや素掘りのトンネルが連続し、線路跡が遊歩道として親しまれる一方、関西では知られた心霊スポットとしても語られている。 真っ暗な素掘りトンネルの中では、懐中電灯の光の先に人影が浮かんだ、誰もいないのに背後から足音や話し声がついてくる、トンネルを抜けた瞬間に急に肩が重くなった、といった体験談が繰り返し語られてきた。鉄道の現役時代に起きた事故の記憶や、川と岩に挟まれた渓谷の閉ざされた地形が、こうした怪異の語りを支えている。 地元や鉄道ファンの間では、廃線跡を歩く際のマナーが重んじられており、線路跡の遺構を傷つけず静かに通り抜けることが求められている。 トンネル内は照明がまったくなく足元も悪いため、懐中電灯は必携で、夜間や増水時の立ち入りは滑落・落石・水難の危険が大きい。訪れる際は日中に限り、整備された遊歩道から外れず、遺構と渓谷の自然を荒らさないこと。

廃墟・残骸
6

甲子園球場の旧外野席跡

阪神甲子園球場は1924年8月1日、武庫川の河口低地に開場した日本初の本格的野球場である。大正13年という干支の縁起から命名された。開場初期から段階的な改修が加えられ、1936年に外野スタンドが大幅に拡張された。1943年の金属供出令により、それまで外野を含む全スタンドを覆っていた鉄傘は撤去され、同時にグラウンドは軍用車駐車場と化した。戦後7年間、球場は開放されたまま営業を続け、1951年に軽合金製の銀傘がスタンド上部に復活した。以降、銀傘は段階的に拡張・改修され、現在に至る。武庫川河口という立地と複数時代にわたる改修は、スタンド下部に歴史的な痕跡を層状に残している。このため、改修工事や保守管理の過程で、従来の構造と新旧の支柱・配線が共存する空間が形成され、夜間の限定的な照明下では視認しにくい領域が生じている。

その他

カテゴリ

西宮市のすべてのスポット

神域・霊場·兵庫県 西宮市

夫婦岩(祟りの岩)

夫婦岩は兵庫県西宮市鷲林寺町(鷲林寺南町)、県道大沢西宮線の道路中央に鎮座する巨岩で、一つの岩が裂けて二つ寄り添うような形状から、鷲林寺への参詣者が夫婦円満を祈願する対象として名付けられたとされる。周辺には夫婦池・夫婦橋もあり、三つを通って寺に詣でる習わしがあったという。一方でこの岩には、動かそうとすると災いが及ぶという伝承が伴う。昭和13年(1938年)の阪神大水害後、県道拡張のため岩を爆破・撤去しようとした際、工事関係者が相次いで急死したという話が伝えられ、以降道路はこの岩を避けて分岐する形に整備された。ただし西宮市や道路管理者側にこの経緯を裏付ける記録はないとされる。岩には白狐や白蛇が棲みついているとの説もあり、上に生える木を切ろうとした者が高熱を発して亡くなったとする話も伝わる。真夜中にこの岩の上で、上半身が牛で赤い着物姿の女性が踊っていたとの目撃談や、悪戯をすると四つん這いで追いかけてくるという話も語られる。運転中に岩の方を振り返ると事故に遭う、岩を避けて反対車線を走ろうとした車のブレーキが効かなくなったといった、交通安全にまつわる噂も広まっている。こうした逸話から縁結びの岩でありながら「祟りの岩」としても知られ、2022年にはテレビのご当地紹介番組で取り上げられるなど知名度が高まり、この岩が登場する小説作品も存在する。岩は現在も道路中央に残り、行政側も移設ではなく道路線形を変える形で対応を続けている。

盤滝トンネル
隧道・トンネル·兵庫県 西宮市

盤滝トンネル

盤滝トンネルは、兵庫県西宮市山口町と宝塚市を結ぶ県道82号線の重要な通路である。1987年から4年がかりで掘削された1.7km級の山岳トンネルで、従来の山越えルートに比べて大幅に迂回距離を短縮した。工事中は地中の予期しない湧水に見舞われたが、1991年3月に開通。当初の交通量予測を大きく上回り、現在では日12,500台以上が通行する。六甲山系を貫くこのトンネルは、冬季の凍結や霧による視界不良が起こりやすく、運転時の注意が必要とされている。周囲を深い樹林に囲まれた環境であり、夜間走行時は街灯が少なく、トンネル前後の山道は急勾配である。

旧福知山線廃線跡
隧道・トンネル·兵庫県 西宮市

旧福知山線廃線跡

兵庫県西宮市生瀬から宝塚市まで、武庫川渓谷に沿って約4.7キロメートルにわたり、旧国鉄福知山線の線路跡がほぼ手付かずのまま残されている。線路は撤去されたが、トンネル、橋梁、信号所跡、保線小屋などの構造物が連続して保存されており、関西エリアでは知る人ぞ知るハイキングコースとして親しまれている。 路線の歴史は明治32年(1899年)、阪鶴鉄道による池田・宝塚間の延伸開業に始まる。武庫川沿いの渓谷に断崖を貫く6つのトンネルを開削し、急峻な地形を縫って線路を通した。当時の土木技術としては相当な難工事で、機関車の排煙でトンネル内が真っ黒に汚れたまま百年近く使われ続けた。 1986年(昭和61年)8月、生瀬・道場間の電化複線化に伴って線形が大幅に変更され、武庫川沿いの旧線は廃線となった。新線は山側を貫く新しいトンネル群で短絡されている。 JR西日本は廃線跡を立入禁止としていたが、利用希望者が後を絶たないため、2016年11月に正式に遊歩道として整備して一般開放した。武田尾駅から生瀬駅まで4.7キロメートル、所要時間は約2時間。途中にある北山第一トンネル(413メートル)が最長で、内部にはまったく照明がない。各自で懐中電灯を持参する必要があり、JR西日本の公式サイトには注意事項が詳しく書かれている。 コース内には休憩できるベンチや解説板が要所に設けられている。武庫川の渓谷美と廃線探訪を同時に楽しめる希少なコースで、紅葉期の11月と新緑の5月は特に人気が高い。雨天直後は岩石崩落のおそれがあるため、JR西日本の運行情報と気象情報の事前確認が推奨されている。

商業・遊興跡·兵庫県 西宮市

仁川ピクニックセンター(五ヶ池)

仁川ピクニックセンターは、1951年に阪急電鉄が甲山東麓の五ヶ池周辺を整備して開業した行楽施設で、貸しボートやハイキングコースを備え、最盛期には全国から多くの来場者が訪れたとされる。1965年ごろから利用者数は減少したが、1975年にフィールドアスレチックが整備され、1976年には植物園も開園して再び賑わいを見せた。一方で1987年5月には山菜採りに来ていた女性が知人の男から乱暴されそうになり抵抗した末に頭部を殴打されて殺害される事件が起き、1989年3月には同じ男が施設内で小学生の女児に乱暴しようとして抵抗され、頭部を地面に打ちつけて死亡させる事件も発生した。男は翌日逮捕され、1991年に無期懲役が確定している。植物園は1998年に閉園し、跡地は2003年に西宮市へ寄贈されて緑地として整備された。心霊系サイトでは、池のほとりで「息子を知りませんか」と尋ねる中年女性の声や、旧トイレ付近で子どもの泣き声が聞こえるといった話が伝えられており、池での溺死や便所での事件があったとする噂も見られるが、いずれも裏付けは確認されていない。現在は仁川広河原として水遊びや自然観察に利用される一方、池や旧施設の跡は金網や柵で囲われ立入りが制限されているとされる。

福知山線廃線敷
廃墟・残骸·兵庫県 西宮市

福知山線廃線敷

兵庫県西宮市生瀬から宝塚市武田尾にかけて、武庫川渓谷沿いに残るJR福知山線(旧線)の廃線跡。1986年(昭和61年)の電化・複線化で新線へ切り替えられた区間で、レンガ造りや素掘りのトンネルが連続し、線路跡が遊歩道として親しまれる一方、関西では知られた心霊スポットとしても語られている。 真っ暗な素掘りトンネルの中では、懐中電灯の光の先に人影が浮かんだ、誰もいないのに背後から足音や話し声がついてくる、トンネルを抜けた瞬間に急に肩が重くなった、といった体験談が繰り返し語られてきた。鉄道の現役時代に起きた事故の記憶や、川と岩に挟まれた渓谷の閉ざされた地形が、こうした怪異の語りを支えている。 地元や鉄道ファンの間では、廃線跡を歩く際のマナーが重んじられており、線路跡の遺構を傷つけず静かに通り抜けることが求められている。 トンネル内は照明がまったくなく足元も悪いため、懐中電灯は必携で、夜間や増水時の立ち入りは滑落・落石・水難の危険が大きい。訪れる際は日中に限り、整備された遊歩道から外れず、遺構と渓谷の自然を荒らさないこと。

甲子園球場の旧外野席跡
その他·兵庫県 西宮市

甲子園球場の旧外野席跡

阪神甲子園球場は1924年8月1日、武庫川の河口低地に開場した日本初の本格的野球場である。大正13年という干支の縁起から命名された。開場初期から段階的な改修が加えられ、1936年に外野スタンドが大幅に拡張された。1943年の金属供出令により、それまで外野を含む全スタンドを覆っていた鉄傘は撤去され、同時にグラウンドは軍用車駐車場と化した。戦後7年間、球場は開放されたまま営業を続け、1951年に軽合金製の銀傘がスタンド上部に復活した。以降、銀傘は段階的に拡張・改修され、現在に至る。武庫川河口という立地と複数時代にわたる改修は、スタンド下部に歴史的な痕跡を層状に残している。このため、改修工事や保守管理の過程で、従来の構造と新旧の支柱・配線が共存する空間が形成され、夜間の限定的な照明下では視認しにくい領域が生じている。