和歌山県廃墟・残骸系 心霊スポット

2 件の「廃墟・残骸」に絞り込み

和歌山県の心霊文化

黒潮洗う紀伊半島を擁する和歌山県は、修験と熊野信仰の総本山である。空海が開いた高野山奥之院に立ち並ぶ二十万基を超える墓石群、白浜の断崖絶壁に口を開ける三段壁洞窟、千年の参詣道・紀州熊野古道——蘇りの地と呼ばれる熊野三山は、生者が死者と出会う霊場であり、入水往生の舞台でもあった。海と山に閉ざされた紀伊の闇は、今も濃く深い。

廃墟・残骸という場所

廃病院・廃校・廃工場は、人の営みが途絶えた瞬間の空気を凍結したまま朽ちていく場である。閉鎖の理由となった事故・経営破綻・集団的記憶の挫折が、剥落した壁や錆びた寝台に染みつき、訪れる者の足音だけがかつての日常をなぞる。

旧友ヶ島砲台跡
廃墟・残骸·和歌山県 和歌山市

旧友ヶ島砲台跡

明治23年(1890年)から同44年(1911年)にかけて、大阪湾入口の要衝・紀淡海峡を守るため、陸軍は淡路島の由良を司令部として、友ヶ島に5ヶ所の砲台を構築した。第3砲台は全周360度の射撃が可能な28糎榴弾砲砲台で、砲座・観測所・弾薬庫・地下兵舎のほか、照明所と小型発電所が配置された。これらの施設はイギリス積みの煉瓦造りで、現在も島内各所にその痕跡が残存している。要塞は絶対防衛態勢の重要施設であり、戦時中は詳細な地形図から抹消され、一般人の立ち入りが禁止されていた。太平洋戦争中、航空戦力が主流となったため砲台は実戦を経験せず、戦後はGHQにより破壊され、現在は瀬戸内海国立公園の一部として観光地化が進んでいる。

廃墟・残骸·和歌山県 和歌山市

深山砲台跡(加太砲台跡)

深山砲台跡は和歌山市加太にある明治期の砲台遺構で、大阪湾防衛のため紀淡海峡を挟んで築かれた由良要塞の一部として明治22年に着工し、明治30年前後に完成した施設である。日露戦争や太平洋戦争を通じて実戦に投入されることはなく終戦を迎え、戦後は一部設備が撤去された。現在は煉瓦造りの弾薬庫や観測所、トンネル状の通路が山中に残り、ハイキングコースとして整備されている。この遺構については、軍服姿の兵士とみられる人影が目撃されたとする噂が複数のサイトで紹介されており、弾薬庫内部で足音や物音を聞いた、何者かの気配を感じたという報告も伝えられている。少年や女性の霊についての言及も見られるが、その由来を示す資料は確認できない。壁面が黒ずんだ煉瓦造りの内部は日中でも光が届きにくく、閉塞的な構造が独特の緊張感を生んでいるとされる。

和歌山県の他のカテゴリ