
ふじみ野市廃病院の患者霊
現在のふじみ野市立福岡中学校の敷地には、戦時中、陸軍造兵廠川越製造所(火工廠)という爆弾・砲弾製造工場が存在していました。同工場では昭和19年(1944年)11月21日、信管や焼夷剤の薬填作業を行っていた建物で爆発事故が発生し、動員学徒だった旧川越中学校の生徒を含む9人が死亡したことが記録に残っています。この事故は当時軍機密として公表されませんでした。戦後この工場跡地に学校が建設されたことで、独特な民間伝承が生まれたとされています。 出典によれば、当初語られていたのは血まみれの犠牲者となった兵士の霊が医務室やトイレにとどまるという話だったといい、約30~40年の歳月をかけてこの記憶が「従軍看護婦」と「患者」の霊へと変容したと考えられています。特に知られているのは「夜間に車椅子を押す看護師の幽霊が校舎内をさまよう」という話で、学校の各所で報告される現象(体育館で聞こえる足音、音楽室で鳴るピアノの音、D棟3階女子トイレ付近での物音や声など)がこの伝承に結びつけられています。ネット上では、看護婦の霊の話自体が後年に広まった創作にすぎないとする見方も見られます。学校側はこうした経緯を踏まえ、供養のためのお祓いを行ったとされています。 この事例は単なる心霊現象ではなく、コミュニティが理解困難な工業史の記憶を、心理的により受け入れやすい物語へと再構成する過程を示しています。戦争の痕跡を後世へ伝える独特な方法として注目される事例です。


