
秩父ルート幽霊トンネル
埼玉県秩父市は、関東山地の奥懐に開けた盆地都市で、山岳信仰の対象である武甲山と荒川源流域を背景に、古くから峠と隧道で外界と結ばれてきた地域である。市内から山間へと延びる道路の一部には、戦後の山岳道路整備の過程で穿たれた小規模なトンネルが点在しており、勾配と急カーブの組合せのなかで、夜間の通行が長く語りの対象となってきた区間も含まれている。坑口を覆う緑と岩肌の対比は山深さを際立たせる景観である。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、深夜にトンネルへ差しかかった際、坑口の脇に立ち尽くす人影のようなものを一瞬見たように感じる、というものである。坑内に入った途端に車内のラジオに細かい雑音が混じった、出口手前で背後から視線を感じて振り返ると誰もいなかった、ヘッドライトの届かない壁面に淡い陰影が走った、と語る運転者もいる。山道の事故の記憶が物語的に立ち現れている。 地元では、トンネルの工事に携わって命を落とされた方々や、山道で交通事故により亡くなられた方々への弔いが、沿道の地蔵尊や慰霊碑に手を合わせる形で今も静かに続けられている。現象の話は怪異というより、山と道の歴史を語り継ぐ寓話として穏やかに受け止められている。 秩父の山岳道路は冬期の凍結、夏期の落石、霧による視界不良など事故要因が多い区間である。心霊目的の深夜走行は重大事故に直結する行為であり厳に控え、訪れる際は日中の安全な時間帯に速度を抑え、道の整備に尽力された先人と犠牲者の方々への敬意を欠かさず通過すること。
