
千早城跡
大阪府南河内郡千早赤阪村の金剛山中腹に位置する千早城は、1332年に楠木正成が後醍醐天皇の倒幕運動に呼応して築城した山城である。翌1333年、南北朝時代初期の重要な戦いとして知られる千早城の戦いが起こった。籠城側が千人足らずであったのに対し、鎌倉幕府軍は約百万とされる大軍で約100日間にわたって攻城戦を展開したが、城は陥落しなかった。 現在、本丸・二の丸・三の丸・四の丸などの曲輪、堀切といった山城の遺構が千早川に臨む山頂周辺に良好に残存している。頂上には千早神社が鎮座し、本丸東側には楠木正儀の墓とされる五輪塔が安置されている。西南北の三面は急傾斜に切り落とされており、当時の防御構造を今に伝えている。1934年に国の史跡に指定された。


