
旧仙台廃軍兵器工場跡
仙台市の黒竹地区(現在の仙台駐屯地付近)には、1940年に設置された東京第一陸軍造兵廠仙台製造所がありました。この施設では主に航空機搭載用の機関砲弾薬が製造されていました。太平洋戦争中盤から終盤にかけて、学徒勤労動員令によって多くの女学生が軍需工場での勤務を命じられ、この仙台製造所にも動員された若い労働者たちが従事したとされています。 1945年8月15日の終戦時、工場の職員と工員は玉音放送を聞きました。その直後、軍関係者は重要書類の焼却を進めました。終戦後、この施設はアメリカ軍に接収され「キャンプ・シンメルフェニヒ」と命名され、その後日本に返還されて現在の自衛隊仙台駐屯地となっています。敷地に残存する煉瓦基礎やコンクリート構造は、戦時下の工業体制と勤労動員の歴史を物理的に伝える遺構です。
