富山県

富山市の心霊スポット

5 スポット5 カテゴリ

富山市の人気スポット TOP5

1

大町地下歩道(南富山駅地下道)

大町地下歩道は、富山市大町の南富山駅前で幹線道路の下をくぐる地下通路として設けられた。2002年に発行された北陸・甲信越地方の心霊スポットを紹介する書籍「怨念地図」で取り上げられたことを契機に、県内で知られる心霊スポットの一つに数えられるようになった。言い伝えでは、この地下道でかつて焼身自殺があったとされ、以降その苦しみが今も残っているかのような現象が伝えられている。具体的には、通路内で低く呻くような声が聞こえる、階段付近で男女が言葉を交わす声がする、背後に人の気配を感じるといった報告がある。また顔に大きな損傷を負った人影を見たという話や、床に消えない黒っぽい染みが残っているという話も紹介されている。一方で地下道自体は防犯用のミラーが設置されているものの照明が乏しく、ゴミが放置されがちな環境であることも各種紹介記事で触れられている。実際に定点カメラで撮影を試みた調査でも、目に見える現象は確認されなかったと報告されており、噂の域を出ない部分も大きい。

路上・交差点
2

古洞ダム

富山市三熊にある古洞ダムは、1982年に完成した灌漑用の農業用アースダムである。周辺は「とやま古洞の森」として整備され、遊歩道やバードウォッチングの場として利用されてきた(運営体制は時期により変動あり)。このダムが心霊スポットとして語られる直接の契機となったのは、1986年に発覚した事件である。同年4月、富山市内に住む30歳の会社員女性が自転車で外出した後に行方不明となり、同年11月、通行人によって古洞ダムの水面に全裸で浮かんでいる遺体が発見された。足には約20センチの石が紐で結ばれ、首にはビニール紐が巻かれており、司法解剖の結果、絞殺と判定された。警察は交友関係を中心に捜査を進めたが自転車も発見されず、犯人の特定に至らないまま2001年に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま現在に至っている。この経緯から、ダム完成直後から自殺者が相次いだという話や、水面に生首のようなものが浮かんでいた、水辺で人の声や泣き声が聞こえるといった噂がインターネット上や訪問者の記録で伝えられている。日中は静かで自然豊かなダム湖として知られる一方、夜間はこうした未解決事件の記憶と結びついた場所として語られている。

水辺
3

寺家トンネル(池原隧道)

富山県富山市寺家、県道67号(宇奈月大沢野線)沿いにある池原隧道は、一号から三号までの三本の手掘りトンネルの総称で、寺家トンネルとも呼ばれている。開通は昭和8年(1933年)で、当時は小佐波・船峅両集落を結ぶ生活道路として掘られたとされる。現在も幅1.48メートル以下・高さ2メートル以下の車両に限って通行が許可されている。総延長約350メートルの内部は素掘りの岩肌にコンクリートが吹き付けられた簡素な構造で、天井には多数のコウモリが棲みついている。この場所では灯りを消して静かに待つと女性の声が響いてくるという噂が広まっており、白い服の人影を見たという報告や、その声が次第に笑い声へと変わったという証言も伝えられている。ネット上の記事には、車のヘッドライトでトンネルの奥を照らした際に、白い服を着た女性のような青白い人影が浮かんで見えたとする記述もあり、灯りの消し方や待つ時間によって現れ方が異なると語られることもある。一方で、こうした噂を裏付けるような具体的な事故や事件の記録は確認されておらず、心霊系の情報サイトでも光の反射や暗闇での錯覚として説明する見方が示されている。トンネルを抜けた先にあった集落は過疎化が進んで人の姿がほとんど見られなくなっており、往時の生活道路としての役目を終えた場所であることも、寂れた雰囲気を強めている一因とされる。狭く見通しの悪い構造と自動車の往来が少ないことから、若者の肝試しの対象として知られるようになった。

隧道・トンネル
4

大川寺遊園

大川寺遊園は、富山県富山市上滝にあった遊園地である。前身は戦前に整備された上滝公園で、1958年の国民体育大会を機に遊戯施設の整備が進み、1961年からは富山地方鉄道と当時の大山町が出資する会社が運営した。観覧車やジェットコースターなどを備え、1980年には年間約35万人が訪れるなど、県内有数の行楽地として賑わった。 しかし1980年代以降、県内に大型娯楽施設が相次いで開業したことに加え、県外の大規模テーマパークへ客足が向かう流れも重なり、来園者数は減少を続けた。1995年度の入園者は約8万4千人まで落ち込み、累積赤字が約3億6千万円に達したことから、1996年に運営会社は経営からの撤退を決め、1997年3月末に閉園した。大型遊具は翌年までに撤去され、その後は更地化が進められている。 閉園後は、子どもの霊が園内で遊ぶ姿が見えるとの噂や、人けのない敷地で子どもの声や気配を感じたとする報告が伝えられている。夜間に訪れた者からは、声や物音を耳にした、視線のようなものを覚えたといった話も紹介されている。一方で、こうした噂を根拠のないものとして退ける見方も存在する。

商業・遊興跡
5

白馬館

富山県富山市の北アルプスを背景とした山麓に建つ白馬館は、昭和高度経済成長期の団体観光需要を見込んで建設された山岳温泉施設である。豊富な湯量と立地の優位性から、長年にわたり企業の研修施設や家族連れの湯治客を受け入れ、地域の観光産業を担う施設として機能していた。 しかし平成以降、観光スタイルの多様化と少人数グループ化に伴い、従来の団体利用を前提とした大型施設は経営が困難になっていった。白馬館も同様の構造的課題に直面し、結果として営業を終了。木造と鉄筋コンクリートを組み合わせた重厚な建築体は、現在、苔が生す開口部と曇った窓ガラス、傾いた看板とともに、昭和の余暇文化と地域観光の盛衰を物理的に示す痕跡として残存している。 廃墟化後、建物内外の音響環境(木造部分の軋み、風による音)や圧縮空気や温度差による物理現象が、既知の施設歴と相まって、来訪者の知覚に心象的な膜を被せる。怪異譚は、廃れた施設への心理的接近の際に、環境的な刺激を人間関係や人格的存在として解釈する自然な過程とも言える。

廃墟・残骸

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路上・交差点·富山県 富山市

大町地下歩道(南富山駅地下道)

大町地下歩道は、富山市大町の南富山駅前で幹線道路の下をくぐる地下通路として設けられた。2002年に発行された北陸・甲信越地方の心霊スポットを紹介する書籍「怨念地図」で取り上げられたことを契機に、県内で知られる心霊スポットの一つに数えられるようになった。言い伝えでは、この地下道でかつて焼身自殺があったとされ、以降その苦しみが今も残っているかのような現象が伝えられている。具体的には、通路内で低く呻くような声が聞こえる、階段付近で男女が言葉を交わす声がする、背後に人の気配を感じるといった報告がある。また顔に大きな損傷を負った人影を見たという話や、床に消えない黒っぽい染みが残っているという話も紹介されている。一方で地下道自体は防犯用のミラーが設置されているものの照明が乏しく、ゴミが放置されがちな環境であることも各種紹介記事で触れられている。実際に定点カメラで撮影を試みた調査でも、目に見える現象は確認されなかったと報告されており、噂の域を出ない部分も大きい。

水辺·富山県 富山市

古洞ダム

富山市三熊にある古洞ダムは、1982年に完成した灌漑用の農業用アースダムである。周辺は「とやま古洞の森」として整備され、遊歩道やバードウォッチングの場として利用されてきた(運営体制は時期により変動あり)。このダムが心霊スポットとして語られる直接の契機となったのは、1986年に発覚した事件である。同年4月、富山市内に住む30歳の会社員女性が自転車で外出した後に行方不明となり、同年11月、通行人によって古洞ダムの水面に全裸で浮かんでいる遺体が発見された。足には約20センチの石が紐で結ばれ、首にはビニール紐が巻かれており、司法解剖の結果、絞殺と判定された。警察は交友関係を中心に捜査を進めたが自転車も発見されず、犯人の特定に至らないまま2001年に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま現在に至っている。この経緯から、ダム完成直後から自殺者が相次いだという話や、水面に生首のようなものが浮かんでいた、水辺で人の声や泣き声が聞こえるといった噂がインターネット上や訪問者の記録で伝えられている。日中は静かで自然豊かなダム湖として知られる一方、夜間はこうした未解決事件の記憶と結びついた場所として語られている。

隧道・トンネル·富山県 富山市

寺家トンネル(池原隧道)

富山県富山市寺家、県道67号(宇奈月大沢野線)沿いにある池原隧道は、一号から三号までの三本の手掘りトンネルの総称で、寺家トンネルとも呼ばれている。開通は昭和8年(1933年)で、当時は小佐波・船峅両集落を結ぶ生活道路として掘られたとされる。現在も幅1.48メートル以下・高さ2メートル以下の車両に限って通行が許可されている。総延長約350メートルの内部は素掘りの岩肌にコンクリートが吹き付けられた簡素な構造で、天井には多数のコウモリが棲みついている。この場所では灯りを消して静かに待つと女性の声が響いてくるという噂が広まっており、白い服の人影を見たという報告や、その声が次第に笑い声へと変わったという証言も伝えられている。ネット上の記事には、車のヘッドライトでトンネルの奥を照らした際に、白い服を着た女性のような青白い人影が浮かんで見えたとする記述もあり、灯りの消し方や待つ時間によって現れ方が異なると語られることもある。一方で、こうした噂を裏付けるような具体的な事故や事件の記録は確認されておらず、心霊系の情報サイトでも光の反射や暗闇での錯覚として説明する見方が示されている。トンネルを抜けた先にあった集落は過疎化が進んで人の姿がほとんど見られなくなっており、往時の生活道路としての役目を終えた場所であることも、寂れた雰囲気を強めている一因とされる。狭く見通しの悪い構造と自動車の往来が少ないことから、若者の肝試しの対象として知られるようになった。

大川寺遊園
商業・遊興跡·富山県 富山市

大川寺遊園

大川寺遊園は、富山県富山市上滝にあった遊園地である。前身は戦前に整備された上滝公園で、1958年の国民体育大会を機に遊戯施設の整備が進み、1961年からは富山地方鉄道と当時の大山町が出資する会社が運営した。観覧車やジェットコースターなどを備え、1980年には年間約35万人が訪れるなど、県内有数の行楽地として賑わった。 しかし1980年代以降、県内に大型娯楽施設が相次いで開業したことに加え、県外の大規模テーマパークへ客足が向かう流れも重なり、来園者数は減少を続けた。1995年度の入園者は約8万4千人まで落ち込み、累積赤字が約3億6千万円に達したことから、1996年に運営会社は経営からの撤退を決め、1997年3月末に閉園した。大型遊具は翌年までに撤去され、その後は更地化が進められている。 閉園後は、子どもの霊が園内で遊ぶ姿が見えるとの噂や、人けのない敷地で子どもの声や気配を感じたとする報告が伝えられている。夜間に訪れた者からは、声や物音を耳にした、視線のようなものを覚えたといった話も紹介されている。一方で、こうした噂を根拠のないものとして退ける見方も存在する。

白馬館
廃墟・残骸·富山県 富山市

白馬館

富山県富山市の北アルプスを背景とした山麓に建つ白馬館は、昭和高度経済成長期の団体観光需要を見込んで建設された山岳温泉施設である。豊富な湯量と立地の優位性から、長年にわたり企業の研修施設や家族連れの湯治客を受け入れ、地域の観光産業を担う施設として機能していた。 しかし平成以降、観光スタイルの多様化と少人数グループ化に伴い、従来の団体利用を前提とした大型施設は経営が困難になっていった。白馬館も同様の構造的課題に直面し、結果として営業を終了。木造と鉄筋コンクリートを組み合わせた重厚な建築体は、現在、苔が生す開口部と曇った窓ガラス、傾いた看板とともに、昭和の余暇文化と地域観光の盛衰を物理的に示す痕跡として残存している。 廃墟化後、建物内外の音響環境(木造部分の軋み、風による音)や圧縮空気や温度差による物理現象が、既知の施設歴と相まって、来訪者の知覚に心象的な膜を被せる。怪異譚は、廃れた施設への心理的接近の際に、環境的な刺激を人間関係や人格的存在として解釈する自然な過程とも言える。