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米沢市の心霊スポット

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米沢市の人気スポット TOP3

1

小野川温泉旧旅館

小野川温泉は山形県米沢市の湯治場で、834年に平安時代の歌人小野小町が発見したと伝わる1200年余りの歴史を持つ。戦国時代には伊達政宗が骨折の治療に訪れ、江戸期には米沢藩主の上杉家が地域開発に関わった。含硫黄ナトリウム塩化物泉で、高い塩分濃度が特徴である。 戦後の1957年に観光協会が設立され、地域の統一的な管理と観光化が進められた。1981年のホタル祭開始、2013年の景観保存地区指定などにより、懐かしい雰囲気を保つ小規模な湯治場として維持されてきた。一方、高度成長期の大型観光地開発とは異なる経営規模のため、1990年代から2010年代の全国的な地方経済の停滞と観光業の構造変化のなかで、個別の旅館の経営難は珍しくない状況にある。 廃業に至った旧旅館は、そうした時代背景のなかで経営を続けられず、施設はそのまま残されることになった。朽ちる建物は、豊かだった時代と現在のあいだの時間の経過を物理的に映し出す存在として、地域の人々の心に静かに刻まれ続けている。

水辺
2

旧栗子峠隧道

明治9年(1876)から8年間にわたり奥羽山脈を貫くために行われた大工事。当初は手掘りが主だったが、工事難航を受けて翌年アメリカから世界で3番目の穿孔機が導入され、工事の効率が飛躍的に向上した。明治13年10月19日に東西両側から掘り進められた坑が貫通し、翌年の竣工時には日本最長のトンネル(約864メートル)として完成。皇帝の東北巡幸を機に「万世大路」の名を賜った。その後、山形と福島を結ぶ重要な交通路として機能したが、鉄道網の充実と近代道路の開設に伴い廃道化。現在、坑口や旧道跡が山中に残り、近代土木遺産として評価されている。

隧道・トンネル
3

旧奥羽本線廃トンネル(峠駅付近)

福島・山形県境の奥羽山脈を越える板谷峠は、1899年に開通した奥羽南線(のちの奥羽本線)が通る難所で、最大33パーミル前後の急勾配や半径300m級の急曲線、連続する多数のトンネルが続く区間だった。蒸気機関車が急坂では発停車しにくいため、赤岩・板谷・峠・大沢の各駅にはスイッチバックが設けられ、列車は折り返しながら峠を越えた。山形県米沢市の峠駅もその一つで、山形新幹線に向けた1990年の新線切替に伴ってスイッチバックは廃止され、ホームは本線上へ移された。豪雪対策として設けられた全長200m級の巨大なスノーシェッドや折返線のトンネルなどの遺構は現在も残り、板谷峠のスイッチバック関連施設は近代化産業遺産に認定されている。天井が蒸気機関車の煤で黒く染まったスノーシェッドや、山中に口を開ける旧線のトンネル群は、人家の少ない静かな環境と相まって独特の雰囲気を帯びる。こうした薄暗い坑口や無人に近い峠の景観から、ネット上では心霊的な場所として名前が挙がることもあるが、確かな事件・事故の記録に裏づけられたものではない。

隧道・トンネル

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小野川温泉旧旅館
山形県 米沢市·水辺

小野川温泉旧旅館

小野川温泉は山形県米沢市の湯治場で、834年に平安時代の歌人小野小町が発見したと伝わる1200年余りの歴史を持つ。戦国時代には伊達政宗が骨折の治療に訪れ、江戸期には米沢藩主の上杉家が地域開発に関わった。含硫黄ナトリウム塩化物泉で、高い塩分濃度が特徴である。 戦後の1957年に観光協会が設立され、地域の統一的な管理と観光化が進められた。1981年のホタル祭開始、2013年の景観保存地区指定などにより、懐かしい雰囲気を保つ小規模な湯治場として維持されてきた。一方、高度成長期の大型観光地開発とは異なる経営規模のため、1990年代から2010年代の全国的な地方経済の停滞と観光業の構造変化のなかで、個別の旅館の経営難は珍しくない状況にある。 廃業に至った旧旅館は、そうした時代背景のなかで経営を続けられず、施設はそのまま残されることになった。朽ちる建物は、豊かだった時代と現在のあいだの時間の経過を物理的に映し出す存在として、地域の人々の心に静かに刻まれ続けている。

旧栗子峠隧道
山形県 米沢市·隧道・トンネル

旧栗子峠隧道

明治9年(1876)から8年間にわたり奥羽山脈を貫くために行われた大工事。当初は手掘りが主だったが、工事難航を受けて翌年アメリカから世界で3番目の穿孔機が導入され、工事の効率が飛躍的に向上した。明治13年10月19日に東西両側から掘り進められた坑が貫通し、翌年の竣工時には日本最長のトンネル(約864メートル)として完成。皇帝の東北巡幸を機に「万世大路」の名を賜った。その後、山形と福島を結ぶ重要な交通路として機能したが、鉄道網の充実と近代道路の開設に伴い廃道化。現在、坑口や旧道跡が山中に残り、近代土木遺産として評価されている。

旧奥羽本線廃トンネル(峠駅付近)
山形県 米沢市·隧道・トンネル

旧奥羽本線廃トンネル(峠駅付近)

福島・山形県境の奥羽山脈を越える板谷峠は、1899年に開通した奥羽南線(のちの奥羽本線)が通る難所で、最大33パーミル前後の急勾配や半径300m級の急曲線、連続する多数のトンネルが続く区間だった。蒸気機関車が急坂では発停車しにくいため、赤岩・板谷・峠・大沢の各駅にはスイッチバックが設けられ、列車は折り返しながら峠を越えた。山形県米沢市の峠駅もその一つで、山形新幹線に向けた1990年の新線切替に伴ってスイッチバックは廃止され、ホームは本線上へ移された。豪雪対策として設けられた全長200m級の巨大なスノーシェッドや折返線のトンネルなどの遺構は現在も残り、板谷峠のスイッチバック関連施設は近代化産業遺産に認定されている。天井が蒸気機関車の煤で黒く染まったスノーシェッドや、山中に口を開ける旧線のトンネル群は、人家の少ない静かな環境と相まって独特の雰囲気を帯びる。こうした薄暗い坑口や無人に近い峠の景観から、ネット上では心霊的な場所として名前が挙がることもあるが、確かな事件・事故の記録に裏づけられたものではない。