
月山富田城跡
島根県安来市、富田川のほとりにそびえる月山に築かれた戦国の山城跡。山陰・山陽の広い地域を支配した尼子氏の本拠で、天然の要害を生かした難攻不落の堅城として知られた。しかし1565年からの毛利元就による兵糧攻めの末、翌年ついに開城し、尼子氏は滅亡へと向かう。主家再興を願い「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったという尼子十勇士・山中鹿介の逸話でも名高い。幾度もの攻防で多くの将兵が散った地として、心霊スポットとしても語られている。尼子氏の興亡を描いた物語の舞台として知られ、城跡や城下には山中鹿介をはじめ滅びた者たちを悼む碑が点在し、いまも哀しみが土地に色濃く刻まれている。 曲輪や空堀をたどる山道では、夕暮れに甲冑の擦れるような音を聞いた、霧の中に武者の人影が立っていた、人気のない山中で背後から視線を感じた、といった体験談が伝わる。落城の記憶が、山上に静まる石垣や土塁の気配と結びついている。麓の城下町跡まで下りても、夕刻になると人通りが絶え、城山を仰ぐと背筋が冷えるという声がある。 城跡は国の史跡として保全され、地元では合戦で命を落とした人々への供養の念が受け継がれている。尼子・毛利の両軍にわたる無数の戦死者が眠るとされ、城跡は慰霊の場としての性格も色濃く帯びている。 山城跡のため起伏が激しく、空堀や急斜面が多い。日没後は視界が利かず転落の危険が高い。見学は必ず日中に行い、遺構を傷つけず、戦で散った人々への敬意をもって静かに歩くこと。
