
田原坂
熊本県熊本市北区植木町豊岡にある田原坂は、薩摩街道の難所として知られた台地の坂道である。標高80メートルから120メートルへと約1.5キロメートルにわたって緩やかに登る地形で、現在は熊本市の田原坂西南戦争資料館を中心に田原坂公園として整備されている。 田原坂の名が日本史に刻まれたのは、1877年(明治10年)の西南戦争においてである。西郷隆盛率いる薩摩軍が熊本城を包囲した戦況のなか、政府軍は熊本城救援のため南下を試みた。これを迎え撃つ薩摩軍が、台地北面の唯一大砲を引き上げられるルートだった田原坂周辺に陣を構え、3月4日から20日までの17日間、坂上と坂下で激しい砲撃戦と銃撃戦を繰り広げた。 熊本県と熊本市が編纂した『熊本県史』および『田原坂西南戦争資料館』の解説資料によれば、この17日間で両軍合わせて4千名以上が戦死もしくは負傷したとされる。一日に消費された弾薬量は最盛期で32万発に達したという記録も残っている。日本史上、近代的な火器を用いた本格的な内戦の戦闘としては最大級のものであった。 戦闘は政府軍の勝利で終わり、戦況は薩摩軍にとって決定的に不利になった。9月の城山の戦いで西郷が自刃し、日本最後の内戦は幕を閉じた。 田原坂西南戦争資料館は2015年にリニューアルし、当時の弾痕が残る民家の柱、両軍の武器、遺品などを展示している。公園内には4千を超える両軍戦没者を慰霊するため、政府軍・薩摩軍双方の名を刻んだ慰霊碑が建てられている。桜の名所としても知られ、毎春多くの花見客が訪れる。

