福島県公園・城址系 心霊スポット

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福島県の心霊文化

会津・中通り・浜通りの三地方からなる福島県は、戊辰戦争最大の悲劇・会津戦争の舞台となった地である。十六、七歳の少年たちが城下の炎を見て自刃した飯盛山の白虎隊、南北朝の戦場として知られる霊山、廃道に沈む旧三森トンネル——会津武士の忠義と東日本大震災・原発事故の記憶が幾重にも重なり、奥州の闇は今も深く静かに横たわっている。

公園・城址という場所

城址や古戦場の上に整備された公園は、笑い声の下に幾百年の血を埋蔵する二重の地である。落城の悲劇、戦国の戦死者、処刑された武将の無念が、芝生や桜並木の根に絡みつく。行楽地化された静けさほど、地の底のざわめきを際立たせる。

公園・城址·福島県 福島市

弁天山

福島市渡利地区の東側に位置する標高約142メートルの丘陵。江戸期以前は説話「山椒大夫」に登場する安寿・厨子王の居所とされる椿館があったとの伝承から椿山と呼ばれていた。寛文5年(1665年)、阿武隈川に舟運が開かれたのを機に、水運の安全を願って竹生島から弁財天が勧請され、以後弁天山と称されるようになったという。1702年に福島城主となった板倉氏が、この弁財天が城を見下ろす位置にあることを理由に河畔へ移したという記録も残る。1926年以降は公園として整備され、現在は芝生広場や遊歩道が設けられた市民の憩いの場となっている。一方で山中には使われなくなった建物(元動物病院とも噂される)の跡が残り、そこで殺人あるいは自殺があったとの噂が伝わる。事実として確認された記録ではないが、テレビや書籍で怪談を紹介してきた稲川淳二がこの場所を取材し番組で取り上げたこともあり、以後心霊スポットとして知られるようになった。女性の霊や、戦国期の落ち武者を思わせる霊を見たという目撃談、生首を目にしたという噂もあり、心霊写真が撮れるとも言われている。園内に残る古井戸を覗き込むと不幸が起こるとされ、覗いた帰路に事故に遭って死亡したという話も伝わっている。

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