
神域・霊場·福島県 会津若松市
白虎隊自刃の地・飯盛山
飯盛山は1868年の戊辰戦争における会津藩の悲劇の象徴地である。会津藩が若年層を年齢別に編成した白虎隊のうち、16~17歳で構成された士中二番隊が、戸ノ口原での戦闘で新政府軍に敗退した後、この山頂に到達した。当時城下から望む鶴ヶ城天守の周辺が黒煙に包まれているのを目撃した少年たちは、城の落城と判断し、武士の名誉を守るべく自刃を決断した。記録では20名が自刃し、19名が確認されている。ただし一人、飯沼貞吉のみが救助されて生き延び、その証言により白虎隊の悲劇は歴史に刻まれることになった。 現在、飯盛山には白虎隊十九士の墓所と慰霊堂が立ち、さらに宇賀神堂、国指定重要文化財のさざえ堂が建つ。毎年春秋の隊士祭では多くの参拝者が訪れ、少年たちの鎮魂が営まれている。歴史的追悼地として現在も深い敬意に包まれた空間を保ち続けている。